上 下
138 / 280
第六章

133 裏切り アレン

しおりを挟む

 大好きなキラキラ女神様の姿を目に焼き付け、アデル兄様に羨ましがられて有頂天だった翌日。

 怒り心頭のジュリアス第二王子殿下が、自室で暴れたのをなんとか宥めた僕達は、彼の部屋で卓を囲んでいた。

「それで……。今度はなにが見えたんですか?」

 ランドルフ様が静かに問いかける。

 顔を上げたジュリアス殿下の碧眼は、炎が燃え盛って見えた。

 イヴ様と肌を重ねた翌日から、ジュリアス殿下は不思議な夢を見るようになった。

 断片的なもので、単なる夢だと思っていたが、それが少し先の未来だとわかったのだ。

「兄上が裏切った……」

 唸るような声。

 ひゅっと息を呑んだ僕は、まさかイヴ様の秘密を公したのかと、激しい動悸がした。

「っ、どういうことです?」
「どうもこうもないっ! 軽いスキンシップだけだって言ってたのに……。慰め合ってた」
「…………へ?」

 素っ頓狂な声を出してしまったが、そういう話かと、その件に関しては部外者の僕は安堵する。

 だけど、僕の隣に座っていたアデル兄様が下品に舌打ちをした。

「最悪っ。ジュリアス殿下の次はランドルフ様で、その次に私って決めたのに! いつまで経っても私の番が回って来ないっ!」
「厄介なことになりましたねぇ……」
「っ、なに悠長なこと言ってるの!? ランドルフ様はなんとも思わないわけ!?」

 バンと机を叩くアデル兄様がキレ出すが、冷静なランドルフ様は銀縁眼鏡をクイッと持ち上げる。

「イヴは魅力的ですからね、惹かれる気持ちは痛いほどわかります」
「っ、だからって……」

 むっと口を尖らせるアデル兄様が、ぶつぶつと文句を言うが、ランドルフ様は仕方ないことだと笑っていた。

「未来を変えてみようと思う」
 
 完全に目が据わっているジュリアス殿下が発言して、二人が頷いた。

 どう動くのかを話し合う三人は、愛するイヴ様を他の人に取られたくなくて必死だ。

 『みんなのイヴだから』

 なんて三人で話しているけど、実際は独り占めしたい心を隠して、牽制し合っている。

 それでも新たなライバルが現れたなら、彼らは力を合わせて排除するようだ。



 イヴ様の提案を断れば良かったと、後悔している様子のジュリアス殿下だが、他に道がなかった。

 ジュリアス殿下に想いを寄せるラファエルさんを拒絶すれば、代役が立てられる。

 クリストファー殿下やアルフレッド殿下、はたまた王位継承権を持つ他の者を国王にと望む貴族達が動き出すだろう。
 
 貴族社会に慣れていないラファエルさんは、御し易い。

 甘い汁を吸いたくて、既に彼に近付いている者もいる中で、いくらジュリアス殿下に想い人がいたとしても、ラファエルさんの申し出を突っぱねることが出来なかった。

 それに、ジュリアス殿下を推す勢力からも、早く関係を結ぶようにと圧力をかけられているし、八方塞がりだった。

「こんなことになるなら、ランドルフにお願いすべきだったな」
「すみません。さっさと偉くなった方が、イヴを守りやすいと思っての行動だったのですが……」
「いや……。イヴも、私達全員と一気に関係を結べば、気持ちが追いつかないだろうし……。時間をかけた方がいいと思ったんだ、イヴのために……」

 悩ましい溜息を吐くジュリアス殿下は、兄に割り込まれる前にランドルフ様を召喚するようだ。

「ランドルフも、不思議な力が手に入るかもしれないな」
「そんなものいりませんよ。イヴの心さえ手に入れば、それで満足です」
「私だってそうだっ!!」

 少しのことで声を荒げるジュリアス殿下は、イヴ様不足で限界が近い。

 いつにも増して怒りに震えているのは、ラファエルさんの傍を離れられないため、イヴ様との時間が削られているからだ。

 ラファエルさんには、ジュリアス殿下の派閥の者と肌を重ねて欲しいと頼んでいるのに、渋られているため、二人はぎくしゃくしている。

 それなのに、クリストファー殿下とイヴ様はじわじわと仲を深めているわけで……。

 冷静に話し合いが出来なくなったジュリアス殿下が、兄のところへ妨害に行くと告げる。

 僕もイヴ様の体調が気になるという名目で、ジュリアス殿下が暴れた時に止める役として、ついて行くことにした。




「イヴっ! 兄上っ!」
「ジュリアス? どうしたんだ、そんなに慌てて。あ、アレンくんも。お疲れ様」
「「…………」」

 僕達が突撃すると、笑顔で迎えてくれたイヴ様。

 だが、クリストファー殿下にバックハグされていた――。

 クリストファー殿下はすぐにイヴ様から離れていたから、イヴ様を好きだというよりは、本当に力になりたいように見えた。

 だけど、僕がイヴ様を診察し終えると、イヴ様は普通にクリストファー殿下の足の間に座った。

 まるで、そこが定位置かのように座ったイヴ様は、真顔のジュリアス殿下を見て、ハッとしてすぐに座り直していたけど……。

 それがまた、ジュリアス殿下の隣ではなく、クリストファー殿下の隣だった。

 密着して座る二人は、仲の良い兄弟にも見えたけど、ジュリアス殿下の膝は絶え間なく揺れている。

「私は少し席を外す」

 仕事で呼ばれたクリストファー殿下が退出すると、ジュリアス殿下がイヴ様に詰め寄る。

「ねぇ、イヴ。兄上を好きになったの!?」

 ソファーに座るイヴ様の足の上に乗っかって、何度も確認している。

 嫉妬心が丸出しだった。

「好きか嫌いかで言えば、好きだな」
「っ、そんな!」
「なにをそんなに驚いてるんだ?」
「っ……」

 不思議そうに答えるイヴ様に言葉に詰まるジュリアス殿下は、部外者の僕から見ても、ものすごく可哀想だった。

 でも、イヴ様は笑顔で言ったんだ。

「だって、ジュリアスの家族だろ?」

 当たり前のように告げるイヴ様に、僕は目が丸くなった。

「好きな人の家族なんだから、仲良くしたいと思うに決まってるだろ」
「っ、すっ、好きな、人……?」
 
 わかっていて言わせようとするジュリアス殿下は、声が上ずっていた。

「そう。俺がなんのために頑張ってると思ってるんだ?」
「そ、それは……力を……」
「好きな人を、誰にも取られたくないから」
 
 ジュリアス殿下の頬をするりと撫でるイヴ様は、一瞬たりとも視線を逸らさなかった。

「前までは、ジュリアスに俺は相応しくない、釣り合わないって思ってたけど……。もう逃げるのはやめた。俺が堂々と公表出来るようになれば、好きな人の隣に並んでも、誰にも文句言われないだろ?」
「っ…………」

 歓喜に震えているジュリアス殿下は、嬉し過ぎて言葉を失ったみたいだ。

 もちろん、僕の胸にも刺さっている。

 僕が言われたわけじゃないけど、イヴ様の言葉は心の奥に届くんだ。

「だから、ジュリアスもラファエルさんと一度だけ頑張ってみてくれ」
「…………嫌だ」
「俺の方がもっと嫌だ」
「っ、」

 イヴ様が本心を語り、ジュリアス殿下が息を呑んだ。

「頑張れよなんて余裕ぶって応援してるけど。本当は、ラファエルさんを好きになったらどうしようって思ってる」
「……そんなことあるわけないのにっ」

 万が一があるだろうと、困ったように笑ったイヴ様は、喜びの混じる小さな声で否定したジュリアス殿下を抱き寄せる。

「でも、ラファエルさんを好きになっても責めたりしない」
「えっ、」

 硬直したジュリアス殿下に、イヴ様が優しく口付けた。

「好きな人を奪われたら奪い返す。その時は、周りが引くくらい本気出すから」
「っ…………」
 
 自信たっぷりにぐっと口角を上げたイヴ様がかっこよすぎて、僕は悲鳴を上げそうになった。

 でも、ジュリアス殿下の暴走を止めることが出来るのはイヴ様だけだと、事前に手で口を押さえていたから、なんとか堪えることが出来た。

 それなのに、ジュリアス殿下がパタリと倒れて、意識を失った。

 そして、今度こそ僕は悲鳴を上げた。

「そんなぁぁ~ッ! ラブラブタイム、もう終わりっ!? 嘘でしょ~っ!! ジュリアス殿下、起きてくださいぃぃ~っ!!」

 ダッシュで近寄り、気絶しているジュリアス殿下の体を揺さぶると、イヴ様が笑い出す。

 僕はアデル兄様を応援していたけど、イヴ様がジュリアス殿下を見つめる瞳がとにかく優しくて。

 みんなが幸せになればいいな、と思うようになった。

 それから僕がジュリアス殿下をおぶって部屋を退出することになり、部屋の外でクリストファー殿下が待っていた。

 話を聞いていたのか、イヴ様を見つめる藍色の瞳が、少しだけ寂しさが滲んでいる気がしたけど。

 鈍感なイヴ様なら気付かないだろう。

 そう思いながらチラリと見ると、イヴ様はわかっていて気付かないふりをしているように見えた。

 衝撃の事実に、僕は動揺を隠しきれない。

(っ、なんでこんな大事なところで、眠りこけてるんだよぉ~~!!!!)

 心の中で叫ぶ僕は、不敬にもジュリアス殿下の腕をつねっていた。






















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...