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第五章
120 不可解なこと ジュリアス
しおりを挟む細い紐で束ねられた深紅色の長い髪を手渡してきたつり目の美青年が、私の前で跪く。
「――お前に忠誠を誓う」
鋭い目つきは真剣そのもので、普段のふざけた態度は鳴りを潜めていた。
さっぱりと短くなった髪型も似合っているギルバートだが、正直なところ驚きを隠せない。
アルベニア国では、平民や身分の低い者は髪が短く、高位貴族の者は男女問わず髪が長い。
一目で相手の身分が分かるようにとのことらしいが、ギルバートが髪を伸ばしていたのは、昔からの慣しが理由ではない。
私は彼の亡くなった母親に会ったことはないが、彼女は平民だった為、長い髪が憧れだと話していたから伸ばしていると、以前話を聞いていた。
亡くなった母親の想いと共に、髪を切り落とした彼の決意は、相当なものだと判断出来た。
「クラリッサのことを……」
☆★☆
「おい! 起きろ、ジュリアス!」
「……ん?」
体を激しく揺さぶられて瞼を持ち上げると、必死な形相の愛する人が視界に映った。
もう昼だと慌てた様子のイヴに、なぜ急いで着替えようとしているのだろうと不思議に思う。
「あれ? ギルバートは?」
「はあっ!? お前……。最低だな」
鋭い視線を向けられて、フンと顔を背けたイヴを前にし、私は目を瞬かせる。
辺りを見回し、ようやく昨晩のことが蘇る。
嫌々ながらも、私を部屋に招き入れてくれたイヴは、弱音を吐く私を強く抱きしめてくれた。
下手に慰めるわけでもなく、『これで本当の恋人になれたな?』なんて殺し文句を、可愛すぎる顔で告げたイヴにノックアウトされて、多分気絶してそのまま眠っていた。
それなのに、朝一番に他の人の名前を呼ぶだなんて失態を犯してしまったらしい。
「ごめんっ。でもギルバートがっ……」
「俺はっ! ジュリアスが悲しむかと思って、エリオット様の名前は一度も出さなかったけどな?」
「っ…………」
イヴが私のことを気遣ってくれていたことを知れてすごく嬉しい。
それなのに、イヴを昨日の可愛い顔ではなく、無愛想な面にさせてしまって、胸が苦しくなった。
「イヴ、ごめんね。夢を見てたみたい……」
「あっそ。俺もう行くから」
「っ……待って!」
イヴとの濃厚な時間を過ごしたというのに、本当にギルバートの夢を見たとしても、失言だった。
バタン、と凄まじい勢いで扉を閉めて出て行ったイヴは、かなり怒っていたと思う。
はじめの頃は、私とギルバートが恋仲だと勘違いしていたから、もしかしたら今も私達が密かに想いあっていると誤解させてしまったのかもしれない。
私と同じような思想のギルバートなんか論外なのに、イヴは全く気付いていない。
「――あの男を殺してやりたいくらい、イヴが好きなのに……」
イヴの初めてを奪った憎き男――エリオット・ロズウェル。
イヴとあの男が恋仲になった事は、私の影からの報告で事前に知っていた。
アデルバートは泣きじゃくっていたし、私も久しぶりに本気で泣いた。
ランドルフは『簡単に手に入らないからこそ、余計に欲しくなった』なんて強がっていたけど、翌日は目が真っ赤だった。
きっとランドルフも泣いたのだと思う。
律儀なイヴなら私達に必ず報告するだろうから、その時にイヴを悲しませないように、笑顔で祝福しようとみんなで話し合ったんだ。
それでも、腸が煮えくり返っていた。
でも、あの男がイヴに私達を受け入れるようにと、大人な対応をしたから許したものの、本当ならば首を刎ねてやりたい。
そんなことをすればイヴが悲しむからしないだけであって、セオドアに叩き斬られろと思っている。
私の醜い感情が露見してしまえば、イヴに嫌われてしまうから必死に隠しているけど……。
(昨晩はそこまで暴走しなかったとは思うが、理性が焼き切れたのは否めないな)
黄金色の瞳に私しか映らないように、嫌われてでもドロドロに愛してしまえばよかった。
「いや……本来の目的とは違うから駄目だな」
口付けなくとも祈りを捧げることで力を発揮出来る様にする為に、私たちがいる。
そのことを忘れてはならないと、自分に言い聞かせた――。
イヴと過ごした翌日は、元々昼から動くつもりだったから焦らなくても良かったのだが、私の予定をイヴに話すのをすっかり忘れていた。
のっそりと起き上がり、自室で支度を済ませた私は、第三騎士団の訓練場に向かう。
そこには、本気のロミオ副団長にしごかれ、全身痣だらけになるギルバートがいた。
長い深紅色の髪は健在である。
(……なんであんな夢を見たのだろう?)
前日に、彼の妹のクラリッサをクライン公爵家の養女にしようと考えていたからだろうか。
夢を見るならイヴの夢がよかったのに、と考えながら執務室に向かう途中で、クリストファー兄上と出会した。
にたりと笑う兄上だったが、私の無表情から何かを読み取ったのか、兄の部屋に連行される。
「ジュリアス……失敗したのか?」
「最高でした」
「……言葉と表情が一致していないんだが」
心配してくれる兄上に、夢とその後の失態を話せば、それは誰だって怒るだろうと肩を叩かれる。
謝罪して今後挽回しろと、慰めてくれる優しい兄上に、私は「そういえば!」と声を荒げた。
「あの秘薬! 効果がエグかったんですけど!」
昨晩は、私と過ごす事を不安そうにしているイヴに気付いて、リラックスできるようにと紅茶に一滴だけ秘薬を混ぜていたのだが。
イヴがあんなに乱れるとは、想定外だったのだ。
「ん? 入れすぎたのか?」
「いいえ? むしろ一滴しか入れませんでした。だって、イヴの体に入るんですよ? 何かあったらと思うと怖くて……」
ふむ、と首を傾げる兄上は、藍色の瞳が不思議そうに揺れていた。
「私は原液で飲んでも、じんわり火照るくらいだったが」
「兄上とイヴを一緒にしないで下さいっ!」
「フッ、ジュリアスも試したんじゃないのか?」
ばつの悪い顔をする私は、イヴに秘薬を盛る前に自分でも口にしていた。
イヴより三倍の量を飲んでいたが、体におかしな点はなかった。
私達が毒物や薬に慣れている体で、イヴの体には効きやすかったのかもしれない。
可愛いイヴをもっと見たいけど、私にとって無害な秘薬は、イヴにとっては劇薬だ。
あとで兄上に返品しようと心に決めた。
それから、紋章を隠している可能性のあるラファエルの話をし、兄上にも夕食を共にしてもらうことにした。
私だけだと思っていたラファエルは、兄上もいたことに驚いてガチガチに固まっていたが、いろいろと話を聞くことが出来た。
ラファエルの両親は、幼い頃に火事で亡くなったそうだ。
祖父であるペドロの態度が厳しいのは、ペドロの娘と強引に結婚した男と、ラファエルの容姿が瓜二つだからだという。
ラファエルは全く悪くないのだが、彼の顔を見るだけで、娘を奪った憎い相手を思い出してしまうのだろう。
そしてラファエルも火事の現場にいたのだが、母親が死ぬ間際に助けたようだ。
左腕の怪我は火傷の跡のようで、食事中に見せられないくらい酷いそうだ。
(もしかしたら、ちゃんとした医師に診てもらっていない可能性もあるな)
「腕利きの医師がいるから、火傷の跡を薄く出来るかもしれない」
「っ……本当ですか?」
「うん。今度、お願いしてみるよ」
「あ、ありがとうございますっ……」
イヴの笑顔を思い出して、微笑む。
新緑色の瞳を潤わせるラファエルは、今のところ素直な好青年だと思う。
ラファエルとまた会う約束をして別れると、兄上が深い溜息を吐く。
「あれは、紋章があることに気付いていないんじゃないか?」
「大いにありえますね」
「イヴ・セオフィロスにお願いしてくれ」
「え、ええ……」
「私が頼もうか?」
気を遣ってくれる兄に、「自分で頼みます」と、私はぎこちなく笑った。
イヴは兄上に嫌われていると思っているが、実際は興味を示されている。
理由は単純に、私の唯一の弱点だからだ。
兄上が私を好いてくれていることは伝わっているが、イヴを使って私の仮面を剥がそうとしてくるから困っている。
イヴの方から兄上に話しかけることは、絶対にありえないから大丈夫だと確信していた私は、後日、イヴの考えが私とは大きく異なることを知ることになる――。
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