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第三章

60 忠告

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「イヴ、これで良いのか?」

 治療してから三日しか経っていないのに、俺の手伝いを始めるレイドは、重傷者の包帯を取り替えていた――。

 休めと言っても聞かないレイドは、とにかく器用なので、俺もなんだかんだで受け入れている。

 それに語り合った次の日から、俺の名前を呼び始めて、俺はレイドと友人になれた気がして、なんだか擽ったい気分だった。

 ただ、テントから出ても俺と行動を共にする様子に、同級のエリート組からは刺さるような視線を向けられてしまう。

 レイドは全く気にしていないが……。

 何度か言ってみたものの、馬鹿馬鹿しいと俺が罵られることになるので、もう諦めている。



 夕食になると、当たり前のように俺の隣に腰掛けるレイドは、容姿も所作も美しい。

 誰かに似ているような気がして観察していると、急に深紅の髪の美青年が間に割り込んでくる。

「なになに、俺がいない間に何があったの?」
「え?」
「レイドだったよな? イヴは俺のだから」
「……いや、違いますけど」

 抱きしめるように肩を組まれる。

 俺が邪険に手を払っても、ギルバート様は懲りずに腕を回す。

「本当つれないよなあ、イヴは。そういうところも好きッ」
「そうですか」
「冷たいっ。俺、こんなに頑張ってるのに……」

 情けない顔で上目遣いをされて、ぐっと言葉に詰まった俺は、渋々頭をぽんぽんと撫でてあげた。

「ツンデレ」
「なんです?」
「べっつにぃ~? な、今日は俺、大型も仕留めたんだ! だからしようぜ?」
「ブッ…………まだ諦めていなかったんですか」

 飲んでいた水を吹き出した俺は、白けた目を向けてやる。

 ケラケラと笑いながら俺を揶揄ってくるギルバート様は、服の袖で俺の口許を拭った。

 ギルバート様の頑張りは認めているが、それとこれとは話が別だろう。

(それに、俺には特定の相手がいるわけで……)

 エリオット様の色っぽい顔が思い浮かび、俺は慌ててかぶりを振る。

 って、あれからしてないけどな?!

 こんな状況でやろうと思えないが、他の騎士たちはそういうわけでもないらしい。

 発散することも必要だと考えているようだが、俺にはその気持ちがまだ理解出来ない。

 きっと戦闘より治療に専念しているからだろう、アドレナリンが出ていないせいか?

 ぐるぐると考え込んで、なんて言おうか迷っていると、俺たちの前に影が出来る。

「ギルバート。イヴを困らせるな」
「げっ。出た、エリオット・ロズウェル」
「人を魔物みたいに呼ぶな」
「俺にとっちゃ、あんたは宿敵だからね! 魔物よりたちが悪い」
 
 バチバチに睨み合う二人は、以前にも増して仲が悪くなっているようだ。

 フッと鼻で笑ったエリオット様は、俺の隣に腰掛けて微笑みかける。

「セオドアも頑張っているらしいぞ」
「っ……本当ですか?! 怪我は?! 怪我はしてませんか?!」
「ククッ、大丈夫だ。うまく団員達を統率しているらしいぞ? まあ、ほぼ一人で魔物を殲滅しているらしいがな?」
「えっ?! テディーが?! まさか……でも確かに離れる前は、別人のように鋭い目つきになっていたし……。うん、急成長だ……もう兄様は、いらないのかな……」
「落ち込むことか? そこは喜ぶところだろう」
「……ええ、まあ、そうですよね」

 エリオット様の言う通り、喜ぶべきことなのだろうけど、俺の声は尻すぼみになっていく。

 怪我も心配だが、セオドアが遠くに行ってしまうようで、胸がざわつくのだ――。

 俺の隣に腰掛ける二人が励ましてくれて、俺はなんとか笑みを作ることに成功していた。

「イヴ。今日は一緒に寝ようか」
「はい…………って、はいっ?!」

 上擦った声を出すと、エリオット様がくつくつと笑い始め、揶揄われたことに気付いた。

 思いっきり顰め面をしていると「共に寝るだけだぞ?」と耳元で囁かれる。

 慰め合いをする気がないなら、別に添い寝くらいいいのではないだろうか……?

 それに、エリオット様を癒せるのなら、添い寝で済まなくても構わない。

 そう思って頷くと、急にギルバート様が奇声をあげる。

「ふざけんなっ! 俺が先に誘ってたんだけど!」
「うるさい。誘ったところで、イヴは私としかしないからな」
「はあ?! 所有物扱いしてんじゃねぇよ! 恋人でもあるまいし!」
「それはお前もだろうが」

 俺を挟んで言い合う二人が、どんどんヒートアップしていく。

 どうしたら良いのかとおろおろしていると、今まで黙っていたレイドがすっと席を立った。

 そして手を取られて、俺はよくわからないまま立ち上がる。

「イヴは俺の看病がありますので」
 
 真顔で告げたレイドに、言い合っていた二人が黙り、俺はぽかんとした表情のまま引きずられるようにその場を離れていた――。



 ふたりで食器を片付けて、無言のまま重傷者用テントに入る。

 無言のレイドが、簡易ベッドに腰掛けた。

「あ、ありがとな、気を遣ってくれて……」
「別に」

 組んだ足が小刻みに揺れ始め、レイドの機嫌が悪いことが手にとるようにわかった。

 何を話そうかと迷っていると、立ち上がったレイドが簡易ベッドをくっつける。

 寝るぞ、と声をかけられ、なぜか共に寝ることになっていた――。



 横向きで眠る体勢になるレイドの視線が、おれの横顔に突き刺さっている。

 ちらりと視線を向けると、目が合った瞬間に抱き締めれていた。

 ……ど、どういう状況だ?

 俺を抱き枕にするつもりか?

 硬直する俺の頭上から、溜息がこぼれ落ちた。

「なあ……。あの二人とやることやってんの?」
「っ、し、してない」
「ふぅん?」

 抱き寄せられた意味がわからなかったが、気まずい空気だ。

 逆に顔が見えない体勢でよかったと、俺は胸を撫で下ろしていた。

「まあ、なんとなく想像出来るけどな。断れなかったんだろ? あのお調子者は、王子だし」
「っ……知ってたのか」
「まあな。――あまり深入りしないようにな」

 怪訝な顔のまま見上げれば、険しい表情のレイドと視線が交わる。

「詳しいことは話せない。念の為だ」
「話が全く見えない」
「……紋章を授かる者は、どこの国でも欲する」
「それはそうだろうけど……。え、なに? セオドアが目的?!」
「その可能性もある。じゃないと、わざわざ第一に所属して他国のために動くか? 俺なら即刻母国に戻るね」
「いやでも、ジュリアス殿下とは仲良しだし……」
「そうかもしれないけど、一国の王子が動く理由はそれだけじゃないってこと。ま、貴族に片足突っ込んでる状態のイヴには難しい話だったかな?」
 
 口角を持ち上げるレイドに、ふっと笑われる。

 嫌味ったらしい言い方だが、言っていることは間違ってはいないので、俺は無愛想な面で口を引き結んだ。

 ギルバート様が何か画策しているとは到底思えないが、よく思い返せば、自分のことを語ろうとはしない。

(俺も聞かれたくないのだろうと思い、敢えて触れなかったのがいけなかったのだろうか……)

 俺なんかの友人になってくれたギルバート様を、少しだけ疑ってしまった自分にがっかりする。

「忠告ありがと。でも俺は、ギルバート様を信じるよ。俺の大切な友達だからな」
「…………俺だって、」
「ん?」
「俺だって……イヴの友達、だろ?」
 
 もぞもぞと話したレイドの頬が、若干赤らんでいる。

(まさか、そんな風に思って忠告してくれたとは思いもしなかった……)

 俺のために話してくれたレイドの気持ちが嬉しくて、俺の頬はだらしなく緩んでしまう。

「っ……なんだよ、違うのかよっ!」
「いや? ちょっと感動してただけ」
「はあっ?! チッ、そんな嬉しそうに笑うな! 腹が立って仕方ないっ! イヴの笑った顔見てるとイライラする」
「えっ……ご、ごめん……」
 
 イライラしている原因が俺の笑顔だと言われて、俺は慌てて俯いた。

 軽く舌打ちが聞こえて表情を強張らせていると、強く抱きしめられる。

「悪い、八つ当たりした。うまく言えないけど……イヴが俺以外に笑顔を見せると、ムカムカする」
「……なんだよそれ」
「俺にもわかんねぇ」

 顔を見合わせて、くつくつと笑い合う。

 目尻の黒子が色っぽくて、笑顔が可愛いし、男女共にモテそうだ。

 俺がレイドの笑顔を褒めると、うるせぇと罵られてしまったが……。

 目尻が赤くなっているから、きっと喜んでいるのだと思う。

 辛辣なことばかり言うけど、レイドは意外と顔に出やすいみたいだ。

 思ったことをそのまま吐き出すレイドとは本音で語り合えるし、良き友人になれた気がして、俺は終始笑っていた。

 そんな俺たちを、見回りにきたアレン君が、生暖かい目で見ていたことに気付くことはなかった。













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