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第二章
56 僕がやらないと セオドア
しおりを挟む父様からの手紙を読み終えて、決意を新たに息を吐く。
「僕がやらないと」
自分に言い聞かせるように漏れる言葉――。
今議会で話し合っている内容は、友好国であるアルベニアに援軍の要請をされた際に、僕か父様のどちらが動くかという問題だ。
王家は僕に行って欲しいらしいが、父様は反対している。
双方の気持ちはわからないわけでもないし、僕がどちらの国王であっても、父様を欲すると思う。
年齢もそうだけど、今力をつけた僕よりも経験値だって全てが父様の方が上。
でも僕は、イヴ兄様の傍にいたい気持ちは別として、本心から父様が行くべきだと思う。
だって父様を送り出すことにより、この国のメンツも保たれるし、世に名を轟かせている勇者ガリレオがいなくとも、我が国の軍事力も誇ることができ、友好国との絆も深まる。
この国には、エリオット・ロズウェルという心底憎たらしいが腕のある騎士もいるし、第一騎士団の精鋭部隊は他国と比べても圧倒的に強いはず。
雑魚な魔物くらいなら、勇者がいなくても蹴散らせるだろう。
となれば、父様が抜けた穴を僕が埋めることが一番の解決策だ。
大好きなイヴ兄様の愛する国を守る為、僕はこの国の為に全力を尽くすのみ。
父様への返事に、魔王が現れた際は、僕の命に代えても捻り潰してやると書き綴る。
「そのかわり、平和が訪れたときには、セオフィロス家から籍を抜きたい……。もちろん、父様のこともイヴ兄様のことも大好きだよ。今までたくさんの愛情を注いでくれてありがとう。二人の家族になれて、本当に嬉しかった……っと。なんだか、遺言みたいになっちゃったなぁ……」
自身の書いた丸っこい文字を見つめて、苦笑いする。
勇者の力は偉大だけど、不安がないわけじゃない。
もしも僕が死んだら、きっとイヴ兄様は泣いちゃうんだろうな。
僕にかすり傷が出来ただけでも、大号泣しちゃうんだもん……。
僕が魔王を倒したら、イヴ兄様は喜んでくれるかな?
きっと、「魔王は父様に任せて、テディーは全力で逃げろ!」って真顔で言うんだろうな……。
「勇者の僕にそんな戯言を言うのは、イヴ兄様だけだよ……」
宝物のテディーベアを抱きしめて、すんと匂いを嗅いだ。
でも、その言葉が僕の気持ちを軽くしてくれる。
国の奴隷になんてなりたくないけど、結局はローランド国の一員として、この国の勇者として、僕がどんなに嫌でも、戦うべきだと思う。
勇者になれて羨ましい、って学園の友人達に言われたときに、じゃあ代わってよって、何度も言いたかった。
同い年の子が呑気に遊んでいる中、僕は常に気を張って生活していたし、魔物が現れてからは気が気じゃなかった。
なんで僕なのっていつも思っていたけど、きっとイヴ兄様と出逢う為だったんだと思う。
周囲から過剰に期待されて、心が押し潰されそうになった時は、僕が何も言わなくてもイヴ兄様が寄り添ってくれて、たっぷりと甘やかしてくれる。
イヴ兄様の傍はすごく心地が良いし、僕に何かあったときは必ず助けてくれるって信じてる。
今は魔物が現れていないけど、空気が悪いって父様が言っていたから、そろそろ魔物の動きが活発になると予想される。
その前にイヴ兄様を僕のものにしたかったけど、思いとどまった。
だって、それでイヴ兄様が僕を弟じゃなく、一人の男として意識してくれるようになったとして。
その時に僕が死んじゃったら、イヴ兄様に寂しい思いをさせちゃうから。
しかも癒しの聖女の力を宿しているんだもん。
それで負傷した僕を助けられなかったら、きっと自分を責めて責めて、後追いしそう。
憂鬱な気分になっているのに、イヴ兄様の泣き顔を思い出して、くふふと笑ってしまう。
僕を勇者としてじゃなく、ただのセオドアとして愛してくれるのは、イヴ兄様だけ。
あ、父様もかな?
でも最初から勇者とは関係なく僕のことを見てくれていたのは、やっぱりイヴ兄様だけなんだよね。
書き終えた手紙を手にして、僕を崇拝する影に渡しておく。
「さてと。僕は第二騎士団に行ってくるね。あいつらをしごかないと」
「……間に合うでしょうか」
「うーん。無理そうだけど、やるしかないよね? あいつら、口だけだから」
セオフィロス家の使用人に扮して苦笑いする彼らは、僕の優秀な影達。
元々は王家と宰相殿に仕えていたけど、今は僕の傍にいる。
真の主人に忠誠を誓っているからこそ、僕を見張りつつ、稽古しているんだと思う。
中には本当に僕を好いてくれている人もいるけど、いずれは元の場所に返すつもり。
まあ、僕が死ねば、勝手に戻るだろうけど。
「イヴ兄様のこと、頼んだよ」
「かしこまりました。命にかえてもお守りいたします」
「うん、信用してるからね」
影の中でも、一番強くて信頼できるグレンに声を掛けて、濃紺色の髪を撫でた。
逞しい大男が頬を染める様子を見て、僕はにっこりと笑った。
すごく嬉しそうな顔してるけど、君は僕よりイヴ兄様に惚れていることを知ってるんだからね? と心の中で愚痴る。
何食わぬ顔で第二騎士団に向かい、プライドだけは高い面子を前にして、声を張り上げる。
「僕は、第二騎士団の団長に就任できる事を誇らしく思っています。尊い血が流れる君たちが、誰よりも優秀であると思っていたけど……。第一の精鋭部隊の方が力をつけているようです。そのことがすごく悔しいと思うのは、僕だけでしょうか?」
シーンと静まり返る中、険しい顔をしている皆を見渡した。
「僕は、みんなが最強だと語っていたエリオット・ロズウェルなんて相手じゃないよ。でも君たちはどう? 第一の精鋭部隊に勝てる実力はある? 今の状態で魔物と戦って、勝てる自信はあるの? 今回の魔物の出現は、第二の為でもあると僕は思います。第二こそが最強部隊だと世間に知らしめる、良い機会だと思わない?」
にやりと笑って見せれば、皆の目が見開かれる。
「今日から地獄の特訓を始めるよ。ついて来れる人だけ、僕についてきて」
「「「はい!」」」
力強く答えた彼らに、にこりと笑みを浮かべる。
思ってもいない事をペラペラと語り、案外扱いやすいなあと思いながら、稽古を始める。
「セオドア様」
「どうしたんです? 副団長は稽古しないんですか?」
「いえ、手合わせを……お願い出来ますでしょうか」
「いいですよ」
破顔するマクシミリアン・フォスナーに、一秒ももたないだろ、と思いながら、愛想笑いする。
全力で手加減するのは面倒臭いんだけど、すぐに倒しちゃうと、無駄に高いプライドがぽっきり折れちゃうからね。
怒られ慣れていない彼らに、飴と鞭で巧みにやる気を出させないと。
四つある騎士団の中でも、最弱な彼らの力を底上げする為、奔走する。
足手纏いになるなら切り捨てたいけど、彼らが怪我をしたらイヴ兄様の仕事を増やすことになるだろうし、手の甲であっても口付けて欲しくない。
テディーって、にこっと口許を綻ばせて呼んでくれるあの唇は、僕のものなんだから……。
この先、長くは生きられないかもしれないけど、僕が生きているうちは、イヴ兄様には僕だけを見て欲しい。
寂しい思いをさせたくないなんて思っていたけど、やっぱりイヴ兄様の傍にいたい。
複雑な感情を押し殺して、今は目の前のやるべき事に集中する。
全ては、イヴ兄様のためだから――。
にこっと笑みを作って、赤紫色の髪を結っている相手と手合わせをする。
軽すぎる剣を薙ぎ払い、彼のやる気を奮い立たせるような言葉を投げかける。
ああ、早くイヴ兄様に会いたい。
自分の部屋で寝るって言ったけど、やっぱり今日も一緒に寝てもらおう。
僕の活力は、イヴ兄様ただ一人。
愛する人の麗しい顔を思い出して、僕より何歳も歳上の騎士を相手に、指導に勤しむことにした。
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