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第二章

42 俺の相棒は天使様

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 セオドアと如何わしい行為をしてしまい、ぼんやりとしたまま第一騎士団に向かう。

 精鋭部隊と行動を共にしていたはずのギルバート様は、今日はなぜか俺にくっついて離れない。

「ギルバート、なぜここに…………イヴ?」
「…………ん?」
 
 昨晩のことを忘れられなくてぼんやりとしたまま返事をしてしまい、慌てて表情を取り繕う。

 だが、既に遅かったようだ。

 目を見開いて硬直するエリオット様は、俺の顔を凝視し続ける。

「なにか、あったのか……?」
「い、いえ……」
「と・に・か・く! 今のイヴはここにいちゃいけないッ! ってことで、俺が捕縛するッ!」

 いつにも増して真剣な表情のギルバート様に手を引かれて、無理矢理足を動かした。

 ちらりと振り返ると、エリオット様はその場で立ち尽くしたまま微動だにしていなかった。

「救世主を呼んであるからなっ!」

 任せろとばかりに告げたギルバート様に連れて行かれた先は、救護室だった。

(……最悪な場所じゃないか)

 項垂れていたのだが、出迎えてくれた人物に俺は目を見開いた。

「イヴ。待ってたよ!」
 
 愛らしく微笑むアデルバート様の背後には、疲れ切った様子のいじめっ子四人組がぐったりと椅子に座っていた。

 あとは任せた! と、ニッと口角を上げる笑顔のギルバート様を見送る。

 普段と違うピリッとした空気が流れており、状況が読めない俺は目を瞬かせた。

 黄緑色の髪の熊さんのような大柄の人物が、四人を見張るように立っている。

「私の弟のアレンだよ。今日から、第一騎士団の救護班の指導係になったから、よろしくね?」
「ああ、アデルの弟君か」

 アデルバート様より一つ歳下のはずだが、どっしりと構えるその姿は、既に二十歳を超えているように見える。

「兄がいつもお世話になっています。アレン・バーデンと申します。イヴ・セオフィロス様……」
「あ、ああ、よろしくな」

 なぜか恍惚とした表情で見つめられているのだが、俺はアレン君とは初対面だと思われる。

 その後、博識なアレン君は、いじめっ子四人組を完膚なきまでに言い負かしていた。

 堂々と胸を張り、的確に指導する様は、すぐにでも宮廷医師になれると見受けられた。

 アデルバート様が優秀だと話していたことを思い出し、さすがだなと心の中で大いに称賛する。

「体調が……」

 みっちり指導を受けていたデイモン様が、貧血になった様にクラリと倒れかける。

「大丈夫ですか! デイモン様ッ!」
「今日は早めに帰宅しましょう!」
「ええ、ええ! そうです!」

 逃げる様に退出するデイモン様の後を追う三人は、いつもより一時間も早く帰宅していた――。

 普段なら仕事終わりもぺちゃくちゃとお喋りをしてだらけているのに、歳下のアレン君に言い負かされて、相当メンタルをやられたらしい。

 四人の背を見送ったアレン君は、急に大きな体を縮こまらせて、深い溜息を吐いた。

「な、なんとか、任務を遂行出来ました……」

 さっきまでとは別人の様にか細い声で話すアレン君は、短い髪をひと撫でする。

 父上そっくりだった、と笑うアデルバート様がアレン君を労り、二人が微笑み合っている。

「ごめんね、イヴ。本当はもっと早くに助けに来たかったんだけど、父上が許可してくれなくて」
「え?!」
 
 話を聞けば、本当はアデルバート様が救護班の指導係に就きたかったらしいのだが、宮廷医師であるアルフォンソ・バーデン様から許可が下りなかったそうだ。

 それならばと、アレン君の修行の為と偽り、俺を守る為に指導係に就けるように説得してくれたらしい。

「アデル……。俺なんかの為に、ありがとな」
「何言ってるのッ! 私はイヴの為ならなんだってするよ?」
 
 こてりと首を傾げて可愛らしく微笑むアデルバート様は、元気付けるように俺の両手を握った。

 救護班でのことは何も話していないのに、俺が悩んでいることに気付いてくれて、更には助け舟まで出してくれるのだから、胸が熱くなる。

 ライム色の美しい髪の天使様に見えて、眩しくて目が眩む。

「アデルが眩しくて、目が潰れそうだ」
「や、やだッ。それは、私も同じ……」

 うっとりとしながら熱の孕む黄緑色の大きな瞳を見つめて、引き寄せられるようにお互い顔を近づける。

 甘い果実のような唇に口付けようとすると、「きゃあ♡」と可愛らしい声が響いて、意識を覚醒させた。

 大きな両手で顔を覆い、指の隙間から俺たちを見つめるアレン君。

 二人の世界に入ってしまっていた俺は、恥ずかしすぎて顔を顰めて誤魔化した。

「も、もう! アレン! 揶揄わないでッ!」
「すみませんっ、アデル兄様っ! ラブラブすぎて、こ、声を我慢出来ませんでしたっ!」
「ラララララブラブ、じゃないからッ!!」
 
 動揺しすぎてラを連呼するアデルバート様は、顔を真っ赤にして狼狽えている。

 俺だけじゃなく、弟君にまで揶揄われているのかと思うと、面白くて笑ってしまう。

 聞いていた話より、二人の仲が良好で安心した俺は、アデルバート様の顔を覗き込む。

「俺たち、ラブラブじゃなかったんだ?」
「っ…………」
「俺の運命の相手は、アレン君だったか?」
 
 限界まで目を見開いたアデルバート様は、いつものように怒り出してぽかぽかと胸元を殴ることなく、絶句する。

「アデル?」
「っ…………イヴの、バカッ! 大嫌いッ!」
「ええ~。俺は大好きだけど……」
「つっ、なんなの、もうッ!! また揶揄ってたの?!」

 顔から湯気が出そうなほど怒り狂うアデルバート様は、ようやく俺の胸元をぽかぽかと殴り始める。

 微笑みながら優しく抱き寄せて、綺麗な髪に顔を埋めた。

「アデル、大好きだ」
「っ…………私も。今日は、ずっと、一緒に居たい……」
「俺も」
「っ、じゃ、じゃあ……家に泊まりに来ない?」

 俺の肩に顔を埋めているアデルバート様が、ぽつりと呟いた。

 家に帰ればセオドアに、卑猥なやり方で元気付けられそうだと頭を過り、直様頷いた。

「お泊まり会か。初めてだな」
「い、良いの?!」
「むしろ、お父様は大丈夫か?」
「うんッ! 今日はいないから安心して? いたとしても文句は言わせないからッ!」

 頼しすぎる俺の相棒は、唇を噛み締めて微笑む。

「天使様みたいだな……」
「っ……」

 俺が思わず呟けば、視線を彷徨わせるアデルバート様が頬を朱に染める。

「また揶揄ってる?」
「いや、事実を述べただけ」
「うっ…………そう、なんだ」
 
 再度見つめ合っていると、アレン君がうっとりとした吐息を漏らす。

「あっ、すみませんっ。また我慢出来なくて――」
「いや。逆に助かった。アレン君のお兄様を食べてしまいそうだった」
「ひゃあッ♡♡♡」

 冗談で言ったのだが、顔を真っ赤にするアレン君は、ジタバタと足を鳴らして悶え始めた。

 容姿は全く異なるのだが、揶揄い甲斐のある二人に俺の口角が持ち上がってしまう。

 揶揄いすぎたのか、すっかり大人しくなってしまったアデルバート様の手を引いて、三人仲良くバーデン伯爵邸に向かうことにした。

 初めて友人宅にお泊まりに行くことに浮かれていた俺は、様子を見に来たエリオット様が顔面蒼白になっていることにも気付かずに、終始頬を緩ませていた。
















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