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第一章

25 奇跡の瞬間

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 小さな勇者様の助手を務める俺は、可憐な勇者を一目見ようと集まった大勢の国民の前に、フードを目深に被って姿を現す。

 周囲を見渡せる特設舞台に立つ小さな勇者が、天を仰いで祈りを捧げている前で、国民の方を向いて跪く。

 医者も匙を投げた重病患者を横抱きにして、こっそりと手の甲に口付ける。

 痩せ細った少年の身体からは、眩い金色の小さな結晶がキラキラと光り始めた。

「「「おおおおおおーーーーっ!!!!」」」

 大広場に集まる国民達が、奇跡的な現象を前にして、大歓声を上げる。

 黒ずんでいた少年の顔色がみるみるうちに血色良くなり、のっそりと起き上がる。

「あれ……痛く、ない……」
 
 少年がぽつりと呟くと、彼の両親が泣きながら駆け寄り、強く抱きしめる。

 そして三人は小さな勇者に平伏して、大歓声の中、感謝の言葉を述べ続けた。

 彼らに顔を上げるように告げた小さな勇者は、慈愛のこもった眼差しを向け、可愛らしく微笑む。

「癒しを与えただけで、完治したわけではありません。今後とも、お医者さんに診てもらってくださいね? 彼が元気いっぱい走り回れるようになることを、心から祈っています」
「~~っ!! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
「勇者様ああーーっ!!!!」

 勇者様コールが鳴り響く中、隣の人と抱き合って号泣する者や、膝をついて手を合わせる者もいた。

 そして小さな勇者が左手を上げる。

 直様、何百人とひしめく大広場が静まり返り、皆が固唾を飲んで小さな勇者様に注目する。

「僕は、勇者の紋章を授かりし者。そして、僅かばかりの癒しの力も宿しています」

 左手の甲を見せると、感嘆の声が上がる。

「僕の他にも、紋章を授かる者の気配がします。ですが、名乗り出られない事情があるのでしょう。紋章を授かる者が生きやすいよう、そして、国に拘束されるのではなく、自らの意思で行動して欲しいと願っています」

 小さな勇者が何を話しているのかと、国民たちはざわざわとし始める。

 騒音を鎮めるように、小さな勇者は胸の前で祈るように手を組んだ。

「孤児院で楽しく過ごしていた僕は、ある日いきなり王宮に連れて行かれ、気付けば知らない人の養子になっていました」

 悲しい声色の小さな勇者に、国民達が悲壮感を漂わせ、小さな溜息を漏らす。

 子を持つ親は、我が子をそっと抱きしめた。
 
「勇者になりたいわけじゃなかった。何もわからないのに、勇者として国民を守るよう言い渡され、不安でたまらなかった。でも、僕は恵まれていたので、新しい家族の方々に優しくしてもらえました」

 柔らかく微笑む小さな勇者に、国民達はほっと息を吐く。

「ですが、他に紋章を授かる者たちに、僕と同じような思いをさせたくないのです。だから僕は、紋章を授かる者の法律改正運動をしようと思います。国に保護されて生活を送るのではなく、自分の意思で国民の皆さんに寄り添いたい。どうか、僕に皆さんのお力を貸していただけないでしょうか……」

 ほろほろと涙を流す小さな勇者に感銘を受けた国民達は、皆一様に割れんばかりの拍手を送っていた――。



 演説後。
 大広場に集まる全ての国民が小さな勇者を支持し、快く署名をしてくれた。

 署名した国民一人一人にお礼を述べて握手をする小さな勇者の噂は、あっという間にローランド国全体に広まった。

 勇者に守ってもらうだけではなく、自分達も勇者を守ろう。

 一致団結する国民達の声に、国王陛下も無視する事はできないだろう。

 まさか小さな勇者が、集まった署名を前に、「フンッ」と得意げな顔をしていること。

 そして今回の騒動を起こすきっかけとなったのが、小さな勇者を嫌悪すると噂の義兄の為だったとは、誰も想像だにしないだろう――。
 
 





 後日、多くの署名入りの書類を王家に提出し、法律改正を申請した返答が届いた。

 本来ならばお偉いさん達が話し合いを重ね、長い期間を要する案件なのだが、一週間で返事が来たのは、今回の件を重く見たのだろうか。

 切れ者宰相殿の顔が頭に浮かんだのは、気のせいではないだろう。



 セオドアの主張する、紋章を授かりし者の自由。

 生涯ローランド国に尽くすことを前提に、王家の命に必ずしも従う必要はないこと。

 紋章を授かりし者は、国民の模範となり、自らの意思で国民の為に行動すること。

 一部を除いて、認められたのだ。

 たが、その一部が問題だった。



「なんで、癒しの聖女は除くんだよ……」

 受け取った大切な書類を、思わず放り投げた。

「イヴ兄様……。でも穴はあります。左手の甲、と記されているので、イヴ兄様は除外されますよ」
「そうだと良いんだけど……。なんだかんだで、王家の誰かの婚約者にされそうで怖いな」
「…………そんなこと、絶対にさせません」

 ぶわりと殺気が漏れだすセオドアを、震えながら抱きしめた。

「テディー、俺の為に頑張ってくれて本当にありがとな。テディーのおかげで、光が見えたよ」
「いえ。みんなにお礼を言われましたけど、その資格があるのは、イヴ兄様ですから」
「……俺は、どうしたら良いんだろう。この力を隠すべきじゃないとは思うけど、ひけらかすつもりはないんだ」

 溜息が出そうになるのを堪える。

 俺が癒しの聖女だと公表されれば、きっと誰もが治療して欲しいと列を成すだろう。

 そうなれば、医師達の仕事がなくなる。

 重病患者限定にするのも、不平不満が出る気がする。

 それに、ランドルフ様を治した時は丸一日眠りこけていたし、毎度力を使えるかもわからない。

 そして一番問題なのは、治療法が口付けだからだ。

 今のところ、修行が足りないからか、ただ手を握って祈るだけでは奇跡の力は起こせない。

 いずれ歴代の癒しの聖女様のように、翳すだけで治せるようになるのだろうか。


 ……その場合。俺は、舌を、翳すのか? 

 
 重病患者を前に、間抜けな治療をする自分を想像して、吐き気を催すのだった――。














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