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第一章
21 勘違い
しおりを挟む幼い頃のジュリアス殿下は、兄であるクリストファー殿下のことを敬愛しており、常に兄の背を追っていた。
出された課題をクリアすると兄が褒めてくれるから、それが嬉しくて、とにかく極めたらしい。
でもあまりに優秀すぎて、頑張っても兄に褒められなくなり、むしろ嫌悪されるようになった。
当時は幼くて、兄に嫌われてしまった理由がわからず、もっと頑張らないといけないのか、と更に努力を重ねて、気付けば自分の方が兄より国王に向いていると噂されるようになった。
ジュリアス殿下にとっては、国王は兄以外には考えられないと思っていたのだが、周囲はそう捉えてはくれなかった。
どんどん溝が出来て、更にはクリストファー殿下の想い人までもが、ジュリアス殿下の筆頭婚約者候補になった。
どうしたら兄と仲直り出来るのかと考えた結果。
ジュリアス殿下は学業や剣術など、全てにおいて手を抜いた。
ギリギリ兄に負ける程度に。
そのことに一早く気付いたクリストファー殿下からは、二度と顔を見せるな、と怒鳴られたらしい。
全力を出しても、手を抜いても嫌われる。
庭園で落ち込んでいるところに、親の用事で王宮に訪れていた同い年の子と出会い、悩みを相談したらしい。
「フッ、お兄様のことを馬鹿にしてますね?」
「っ……してない! むしろ尊敬してる!」
「俺がお兄様の立場だったら、腹立たしくて仕方ないですよ。いくら努力しても手に入れられないものを、貴方は持ってる。それなのに兄の為だと言って手を抜いて。……それでお兄様が喜ぶとでも?」
周囲の人間からは褒められたことしかなかったジュリアス殿下は、同い年の子にズバッと言われて、精神的にダメージを……
受けなかったらしい。
むしろ、いつもご機嫌伺いする周囲の人間より、ズバッと言ってくれた彼に胸を打たれたそうだ。
「貴方はお兄様を好きだと仰っていますが……。貴方がしている行為は、お兄様を見下しています」
「っ……そんなつもりは、なかった」
「でしょうね? では、お兄様に本心をお伝えしてはいかがでしょう?」
「……でも、避けられてるから」
「避けられているからと言って諦めるのですか? 手紙を送るなり、方法はいくらでもあります。貴方の気持ちをわかってもらえるまで、努力し続けることです」
サバサバとした言い方だったが、穏やかな表情で微笑んでいた少年に、目を奪われたらしい。
「それで、その子は言ったんだよ。俺だって、勇者になりたかった。周囲にどれだけ馬鹿にされても、自分に才能がなくても……。俺は努力し続けて、紋章を授かる日まで諦めない。でも、どう頑張っても叶わないこともある。そのときは、自分が納得いくまで頑張って、最後は潔く諦めます。って……」
まるで自分のことのように流暢に話し終えたギルバート様に、俺の瞳は激しく揺れている。
「素直にかっこいいと思ったんだって。彼の考え方が。……そこからの、なんでイヴは勇者じゃないんだろう? もしイヴが勇者だったらなら……。この続きは言わなくてもわかるよね?」
小さく頷き、俺の為にと話してくれたギルバート様に深々と頭を下げた。
「ジュリアス殿下に会いに行きます」
「うん。……あ、念の為に聞くけど、なんて言うつもり?」
「誤解していたことと、先程の謝罪。過去に舐めたことを宣った謝罪を……」
ガクッと膝の力が抜けた様子のギルバート様を心配しつつ、感謝の言葉を述べる。
「ジュリアス殿下は、俺を勇者たるべき人間だと。そう認識して言ったということですよね? 罵られたと勝手に勘違いして、避けるような真似をして、本当に申し訳ないことをしました……」
「う、うん、そうだけども。他に気になることはなかったのかな?」
「…………他に?」
「いや。なんでもないよ」
過去の話は、ジュリアス殿下本人から聞くまでは内緒にすることを約束した。
ぶつぶつと独り言を話すギルバート様は、ぽんっと軽快に手を叩く。
「じゃあ、一緒にあいつのところに行こう? サプライズだ」
悪戯を思いついた子供のように、にやりと口角を上げるギルバート様に、俺も素直に頷いた。
俺単独では、王宮にいるジュリアス殿下には会えないからな。願ってもない申し入れだ。
堂々とした態度のギルバート様の影に隠れるように、王宮に向かう。
ギルバート様にはジュリアス殿下の居場所が分かっているらしく、足取り軽やかに庭園内を闊歩する。
大きな噴水が見えてきたところで、眩い金髪の王子様が、噴水の淵に腰掛けて水面を見下ろしていた。
トンと背中を押された俺は、ギルバート様に静かに頭を下げて、ジュリアス殿下の元に歩み寄る。
昔のことは覚えていないけど、この場所は確か、整った顔の男の子と会話したような気もする。
朧げな記憶を思い出しながら、初めて友人になってくれた彼に声をかけた。
「何か悩み事ですか?」
「っ…………イヴ?!」
驚愕するジュリアス殿下の碧眼が、キラキラと輝いている。
そんな王子様の横に腰掛けた俺は、細かい波を走らせる水面を見つめる。
「勘違いをして、友人を傷つけてしまいました。その人と仲直りがしたいです。長らく友人がいたことがなかったので、喧嘩の仕方も仲直りの仕方もわからなくて……。でも、彼は俺の初めて友人になってくれた人で、特別な存在なんです……」
そう言ってジュリアス殿下に視線を向けると、涙目できゅっと口を引き結んでいた。
「傷つけるような態度をとって、申し訳ありませんでした」
「っ、イヴ!」
謝罪する俺に飛びつくジュリアス殿下は、甘えるようにすりすりと頬ずりをし始める。
暫く離れていた美形の子犬と再会した気分だ。
「頬ずりが、友人との仲直りのやり方ですか?」
「っ、違うよ?! 私の場合だけっ!」
俺の両肩に手を置いて、真剣に語るジュリアス殿下に、なるほどと頷いた。
彼を抱き寄せて、俺は赤子のようなスベスベなお肌に頬ずりをした。
「許してくださいますか?」
「っ………………好き。大好きだよ」
「俺もです。仲直り出来て嬉しい……」
「…………そうだね」
仲直り出来たというのに、なぜか少しだけ落ち込んだ様子のジュリアス殿下だったが、顔を覗きこむと、ニコッと笑っていた。
「仲直りのキス、しよう?」
目を閉じて、キス待ちの色っぽい表情を晒すジュリアス殿下は、ここが庭園内だと分かって言っているのだろうか……?
「駄目です」
「っ、なんで?! アデルとはしてたよね?!」
「そうではなく……。口付けは、人目のないところでお願いしたはずですが?」
そう言って僅かに首を傾げれば、美しいお顔をぱあっと綻ばせたジュリアス殿下は、俺の手を引いて歩き出す。
人目につかない奥まった場所に辿り着くと、木々に隠れるようにしてしゃがみ込む。
「ここなら誰も来ないよ?」
「……思いっきり外なんですけど」
「だって我慢できないっ」
駄々をこねるジュリアス殿下に困り果てる俺だが、今回は完全に俺が悪い。
どうにでもなれと、俺はそっと口付けを送る。
その瞬間、うっとりと目を閉じているジュリアス殿下の胸元あたりに、金色の小さな結晶が光る。
思わず口付けをやめた俺は、ジュリアス殿下の体を押し返していた――。
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