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第一章

18 別人が乗り移った

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 休日、秘密裏にランドルフ様の元へ訪れた俺は、彼の手を握って必死に祈っていた――。

「イヴ。手を握るだけでは駄目なようですね?」

 にやりと不敵な笑みを浮かべるランドルフ様に、俺は軽く目眩がする。

「も、もう一度! もう一度試してみましょう」
「いいですよ?」
 
 まるで次も無理だろうと言わんばかりのランドルフ様が、フッと鼻で嗤う。

 背に冷や汗が流れる俺は、ベッドの上で半身を起こすランドルフ様の温かなの手をぎゅっと強く握って、願いを唱える。

 だが、あの日はキラキラと輝いていた眩い光は、一向に訪れなかった――。

「やはり熱烈な口付けしかないのでは?」
「っ……熱烈って――」
「ふふっ。あの日のイヴは積極的だったのに」
「っ、ランドルフ様っ!」

 優しさの塊だと認識していたランドルフ様は、生死を彷徨ったせいなのか、俺を揶揄う悪魔になっていた……。

 項垂れる俺は、言い訳を口にする。

「まだ力が宿ったばかりなので、どこまで出来るのかわからないんです。コントロールが難しい……。というより、やり方がわかりません」

 情けない俺に優しく微笑むランドルフ様が、俺の顎を掬う。

 情けない表情のまま見上げれば、すっと目を細くするランドルフ様は、とても色っぽい表情だった。

「イヴ……」

 甘い声で名を呼ばれ、気付けば口を塞がれていた――。

 あの時より潤いのある唇の感触に、背筋がぞくりとする。

 それでも集中して祈ると、ランドルフ様の全身から、金色の小さな結晶がキラキラと輝き出した。

 すっと身体を引いたランドルフ様が、魅惑的なお顔でニタリと笑う。

「とても魅力的な治療法ですね?」
「っ……」
 
 カッと頬が熱くなって顔を背けると、くつくつと喉を鳴らす音が聞こえてくる。

「珍しい顔が見れました。イヴの照れた顔は、びっくりするほど可愛い」
「っ……ランドルフ様の身体に、別人が乗り移ったみたいです」
「フッ、では次はイヴから私に熱烈な口付けを」
「悪霊退散ッ!」
「ふふふふふっ……」

 普段は無表情なのに、腹を抱えて笑うランドルフ様の笑顔が可愛くて、ドキッとする。

「はあ。イヴといると飽きませんね?」
「……俺は疲れましたよ」
 
 再度くつくつと笑い始めるランドルフ様は、かなりご機嫌らしい。

 そりゃそうか。
 死にたくなるほどの激痛だったらしいからな。

「力はいつ宿ったのです? 何かきっかけでもあったのですか?」
「…………ランドルフ様を、助けたい。そう思っただけです」

 俺が無愛想な顔で真実を告げれば、目を瞠るランドルフ様の赤紫色の瞳が、動揺したかのように揺れていた。

「そうですか……。イヴには感謝してもしきれないですね……」
「やっと元のランドルフ様に戻ったようで、安心しました」

 くすりと笑うと、ランドルフ様は肩を竦める。

「ちなみに紋章はどこにあるんです?」

 その言葉に、寝台の横でしゃがみ込んでいた俺の体はカチリと固まる。

 グッと手を引かれて寝台の上に乗り上げると、ランドルフ様は俺の着ている服の裾を掴んで脱がせようとしてくる。

「なにをする気です?!」
「決まってるでしょう。どこに紋章があるのか見てみたいからです」
「…………悪魔だ」

 当たり前のような顔で告げられて、俺は思わず頭を抱えてしまう。

 病人らしからぬ強さで押し倒されて、手首を押さえつけられる。

 本気を出せば逃げ出すことも出来るが、さすがに病人相手に抵抗する気はない。

「イヴ? 私はイヴの味方ですよ。父も動いてくれていますし、安心して下さい」
 
 真剣な表情のランドルフ様に見下ろされ、紋章を見せるまでは拘束を解いてもらそうにないな、と悟った。

「絶対に、誰にも言わないと誓いますか?」
「ええ、もちろん。私とイヴの秘密です」

 優しく微笑むランドルフ様にこっそりと溜息を吐いた俺は、渋々少しだけ口を開いた。

 ……気持ち悪いと思われるかもしれない。

 少し躊躇したものの、意を決して怪訝な顔のランドルフ様に向かって、べっと舌を出す。

「っ…………こんなところに」
「内緒にして下さい、恥ずかしいので」
「なんと魅力的な場所にっ」
「……聞いておられますか?」

 なぜかうっとりとするランドルフ様は、俺の口を無理矢理開かせて、じっと紋章を見つめ続ける。

「美しい……。イヴに似合ってます」
「はりへにゃいへひょ」
「ふふっ。可愛い、イヴ」

 いきなりじゅるっと舌に吸い付かれて、驚いて体が飛び跳ねる。

「ふ、ぁ……っ」
「はぁ……イヴ、心地良いです……」
「んぅっ、」
 
 柔和な切れ長の目を細めて、気持ち良さそうな顔をするランドルフ様は、俺の舌をじゅぷじゅぷと吸い続ける。

 瑞々しいフルーツでも食べているかのように味わいつつ、腰に来るような低い声で「甘い」と囁かれて、頬が熱を持つ。

 ランドルフ様の声の方が甘いだろう、と心の中で思いつつ、紋章を舐めまわされながら祈りを捧げた。

 ねっとりとするような巧みな舌使いは、口付けに慣れているような気がする。

 ランドルフ様に翻弄され続け、ゾクゾクとした快感に何も考えられなくなって、くたりと体の力が抜けていく。

「っ、はぁ……大丈夫ですか、イヴ」
 
 俺の頬を優しく撫でるランドルフ様は、ぞくっとするような恐ろしくもあり、美しいお顔で俺の目尻の涙を指先で拭っていた――。

 ただ、一言だけ言わせてほしい。
 
「全回復して、どうするんです……」
「ふふっ……すみません。イヴの舌があまりにも甘美で、うっかりと堪能してしまいました」

 なんの悪びれもなく告げるランドルフ様は、以前の元気なお姿に戻っている。

 弄ばれた気もするが、一度の口付けだけで治療が済んで良かったと思うことにした。

「まあ、復活されて安心しましたけど……」
「おや。次の治療は五日後ですよ?」
「……はいっ?!」

 素っ頓狂な声を出す俺に対して、ランドルフ様は悲しげに眉を下げた。

「また、以前のような苦痛を味わうかもしれないと思うと……正直怖いです」
「っ、ランドルフ様……」
「イヴが傍に居てくれると安心出来る。あの時もそうでした……。私はもう、イヴが居ないと生きていけないのです」

 俺に覆い被さるランドルフ様を優しく抱きとめて、肩まで伸びた赤紫色の髪をそっと撫でる。

 いつも凛としたランドルフ様の弱音を吐く姿は初めて見た。

「ランドルフ様? 鬱陶しいと言われてもお傍にいる、と約束したことをお忘れですか?」

 ピクッと反応したランドルフ様は、俺を抱きしめる力を強めた。

 すんっと鼻を啜る音がして、俺を揶揄って楽しんでいたけど、実は不安だったんだな、と思うと胸が締め付けられる。

 ただ……

 黒地のゆったりとしたローブを身に纏うランドルフ様のアレが、硬くなっていることが少しだけ気になるが。

 ランドルフ様の情緒が落ち着くまで、優しく髪を撫でながら、俺は傍にいるよ、と安心させるように抱きしめる。

 暫くして寝息が聞こえてきて、静かに顔を確認すると、穏やかな表情で眠りについていた。

 小さな子供みたいだな、と思いながらくすりと笑い、起こさないようにそっと寝かせて、長い前髪を顔の横に流す。

「良い夢を、ランドルフ様……」

 額におやすみのキスを送った俺は、静かにランドルフ様の部屋を後にした。




















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