18 / 280
第一章
18 別人が乗り移った
しおりを挟む休日、秘密裏にランドルフ様の元へ訪れた俺は、彼の手を握って必死に祈っていた――。
「イヴ。手を握るだけでは駄目なようですね?」
にやりと不敵な笑みを浮かべるランドルフ様に、俺は軽く目眩がする。
「も、もう一度! もう一度試してみましょう」
「いいですよ?」
まるで次も無理だろうと言わんばかりのランドルフ様が、フッと鼻で嗤う。
背に冷や汗が流れる俺は、ベッドの上で半身を起こすランドルフ様の温かなの手をぎゅっと強く握って、願いを唱える。
だが、あの日はキラキラと輝いていた眩い光は、一向に訪れなかった――。
「やはり熱烈な口付けしかないのでは?」
「っ……熱烈って――」
「ふふっ。あの日のイヴは積極的だったのに」
「っ、ランドルフ様っ!」
優しさの塊だと認識していたランドルフ様は、生死を彷徨ったせいなのか、俺を揶揄う悪魔になっていた……。
項垂れる俺は、言い訳を口にする。
「まだ力が宿ったばかりなので、どこまで出来るのかわからないんです。コントロールが難しい……。というより、やり方がわかりません」
情けない俺に優しく微笑むランドルフ様が、俺の顎を掬う。
情けない表情のまま見上げれば、すっと目を細くするランドルフ様は、とても色っぽい表情だった。
「イヴ……」
甘い声で名を呼ばれ、気付けば口を塞がれていた――。
あの時より潤いのある唇の感触に、背筋がぞくりとする。
それでも集中して祈ると、ランドルフ様の全身から、金色の小さな結晶がキラキラと輝き出した。
すっと身体を引いたランドルフ様が、魅惑的なお顔でニタリと笑う。
「とても魅力的な治療法ですね?」
「っ……」
カッと頬が熱くなって顔を背けると、くつくつと喉を鳴らす音が聞こえてくる。
「珍しい顔が見れました。イヴの照れた顔は、びっくりするほど可愛い」
「っ……ランドルフ様の身体に、別人が乗り移ったみたいです」
「フッ、では次はイヴから私に熱烈な口付けを」
「悪霊退散ッ!」
「ふふふふふっ……」
普段は無表情なのに、腹を抱えて笑うランドルフ様の笑顔が可愛くて、ドキッとする。
「はあ。イヴといると飽きませんね?」
「……俺は疲れましたよ」
再度くつくつと笑い始めるランドルフ様は、かなりご機嫌らしい。
そりゃそうか。
死にたくなるほどの激痛だったらしいからな。
「力はいつ宿ったのです? 何かきっかけでもあったのですか?」
「…………ランドルフ様を、助けたい。そう思っただけです」
俺が無愛想な顔で真実を告げれば、目を瞠るランドルフ様の赤紫色の瞳が、動揺したかのように揺れていた。
「そうですか……。イヴには感謝してもしきれないですね……」
「やっと元のランドルフ様に戻ったようで、安心しました」
くすりと笑うと、ランドルフ様は肩を竦める。
「ちなみに紋章はどこにあるんです?」
その言葉に、寝台の横でしゃがみ込んでいた俺の体はカチリと固まる。
グッと手を引かれて寝台の上に乗り上げると、ランドルフ様は俺の着ている服の裾を掴んで脱がせようとしてくる。
「なにをする気です?!」
「決まってるでしょう。どこに紋章があるのか見てみたいからです」
「…………悪魔だ」
当たり前のような顔で告げられて、俺は思わず頭を抱えてしまう。
病人らしからぬ強さで押し倒されて、手首を押さえつけられる。
本気を出せば逃げ出すことも出来るが、さすがに病人相手に抵抗する気はない。
「イヴ? 私はイヴの味方ですよ。父も動いてくれていますし、安心して下さい」
真剣な表情のランドルフ様に見下ろされ、紋章を見せるまでは拘束を解いてもらそうにないな、と悟った。
「絶対に、誰にも言わないと誓いますか?」
「ええ、もちろん。私とイヴの秘密です」
優しく微笑むランドルフ様にこっそりと溜息を吐いた俺は、渋々少しだけ口を開いた。
……気持ち悪いと思われるかもしれない。
少し躊躇したものの、意を決して怪訝な顔のランドルフ様に向かって、べっと舌を出す。
「っ…………こんなところに」
「内緒にして下さい、恥ずかしいので」
「なんと魅力的な場所にっ」
「……聞いておられますか?」
なぜかうっとりとするランドルフ様は、俺の口を無理矢理開かせて、じっと紋章を見つめ続ける。
「美しい……。イヴに似合ってます」
「はりへにゃいへひょ」
「ふふっ。可愛い、イヴ」
いきなりじゅるっと舌に吸い付かれて、驚いて体が飛び跳ねる。
「ふ、ぁ……っ」
「はぁ……イヴ、心地良いです……」
「んぅっ、」
柔和な切れ長の目を細めて、気持ち良さそうな顔をするランドルフ様は、俺の舌をじゅぷじゅぷと吸い続ける。
瑞々しいフルーツでも食べているかのように味わいつつ、腰に来るような低い声で「甘い」と囁かれて、頬が熱を持つ。
ランドルフ様の声の方が甘いだろう、と心の中で思いつつ、紋章を舐めまわされながら祈りを捧げた。
ねっとりとするような巧みな舌使いは、口付けに慣れているような気がする。
ランドルフ様に翻弄され続け、ゾクゾクとした快感に何も考えられなくなって、くたりと体の力が抜けていく。
「っ、はぁ……大丈夫ですか、イヴ」
俺の頬を優しく撫でるランドルフ様は、ぞくっとするような恐ろしくもあり、美しいお顔で俺の目尻の涙を指先で拭っていた――。
ただ、一言だけ言わせてほしい。
「全回復して、どうするんです……」
「ふふっ……すみません。イヴの舌があまりにも甘美で、うっかりと堪能してしまいました」
なんの悪びれもなく告げるランドルフ様は、以前の元気なお姿に戻っている。
弄ばれた気もするが、一度の口付けだけで治療が済んで良かったと思うことにした。
「まあ、復活されて安心しましたけど……」
「おや。次の治療は五日後ですよ?」
「……はいっ?!」
素っ頓狂な声を出す俺に対して、ランドルフ様は悲しげに眉を下げた。
「また、以前のような苦痛を味わうかもしれないと思うと……正直怖いです」
「っ、ランドルフ様……」
「イヴが傍に居てくれると安心出来る。あの時もそうでした……。私はもう、イヴが居ないと生きていけないのです」
俺に覆い被さるランドルフ様を優しく抱きとめて、肩まで伸びた赤紫色の髪をそっと撫でる。
いつも凛としたランドルフ様の弱音を吐く姿は初めて見た。
「ランドルフ様? 鬱陶しいと言われてもお傍にいる、と約束したことをお忘れですか?」
ピクッと反応したランドルフ様は、俺を抱きしめる力を強めた。
すんっと鼻を啜る音がして、俺を揶揄って楽しんでいたけど、実は不安だったんだな、と思うと胸が締め付けられる。
ただ……
黒地のゆったりとしたローブを身に纏うランドルフ様のアレが、硬くなっていることが少しだけ気になるが。
ランドルフ様の情緒が落ち着くまで、優しく髪を撫でながら、俺は傍にいるよ、と安心させるように抱きしめる。
暫くして寝息が聞こえてきて、静かに顔を確認すると、穏やかな表情で眠りについていた。
小さな子供みたいだな、と思いながらくすりと笑い、起こさないようにそっと寝かせて、長い前髪を顔の横に流す。
「良い夢を、ランドルフ様……」
額におやすみのキスを送った俺は、静かにランドルフ様の部屋を後にした。
132
お気に入りに追加
4,134
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる