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第一章
16 次期宰相の策略 ランドルフ
しおりを挟む「父上があんなにあっさりと引くなんて、何か裏があるのではありませんか?」
父の別邸で療養している私は、大切な友人であるイヴのおかげで死の淵から生還した。
イヴのことは元々男前だとは思っていたし、笑った顔が底抜けに可愛い。
なかなか心を開かないアデルバートを、たった一日で陥落させたときには、驚きすぎて表情を取り繕うことが出来なかった程だ。
ジュリアス殿下の想い人でなければ、私もアプローチしていただろう。
誰にも興味がなかった私が、だ。
それくらい魅惑的な人物。
ただ、あそこまでブラコンだったとは思わなかったが……。
通常時の無愛想な面に、まんまと騙された。
「相手がガリレオ殿であれば、私もイヴ君を言いくるめて国で保護するつもりだったが……。小さな勇者殿が相手となると、今頃私の首は飛んでいる」
「……セオドアのおかげですか」
「ガリレオ殿なら分別もあり、正義感の強いお方だが、あの子は危険だ。イヴ君しか見えていない」
食事を楽しむ私の前で、深く溜息を吐く父は、セオドアへの対応に困り果てているらしい。
確かに、表向きの顔が良すぎて、セオドアを心酔する者が多すぎる。
その面を吟味しても、彼を敵に回して勝ち目はないだろう。
いくら優秀で切れ者の父上であれど、宰相の代わりはいるが、勇者の代わりはいない。
宰相職を解かれる可能性も無きにしもあらずだ。
「王家はもちろん、私の影も誰一人として戻って来ていない。あの子が来てから……」
「っ……それは、セオドアが影を殺害しているということですか?」
「いや、初めはそう思っていたのだが、調べてみると、あの邸で働いていたよ。使用人として」
「…………なるほど。小さな勇者に魅了された、ということでしょうか? 忠実な彼らが……」
「何人かは、な」
ひゅっと息を呑む私は、あんな純粋そうな顔をして、既に手を汚していることに驚きを隠せない。
「残りの影がこの世に存在しているかは定かではないが、あの子は敵に回してはいけない要注意人物。イヴ君に何かあれば理性を失うだろう。ある意味、魔物より恐ろしいな」
「確かに……。でも、イヴがいます。イヴがセオドアの手綱を引いている限り、暴走することはないでしょう」
「ああ……私もイヴ君の演技にすっかり騙された。あそこまで溺愛していたとは」
「同じく。勇者の父と義弟を持ち、第二王子殿下や宮廷医師子息、アルベニア第五王子の想い人……。そして、次期宰相も魅了されています」
「――次代を担う錚々たる面子だな」
お気に入りのワインを口に含んでいるというのに、全く味がしていないらしい父は、苦笑いを浮かべる。
「それで、何か良い案は浮かびましたか?」
「いや……。ただ、左手に紋章がないことが気になる。そこを利用できないかと考えているが、どこに紋章があるのか。イヴ君を全裸にするわけにもいかないし」
「当たり前です、やめてください。確認するなら私がします」
「プッ…………随分と必死だな?」
くつくつと喉を鳴らす父を、じっとりとした目で見つめる。
「セオドアは兎も角。イヴはガリレオ殿に似て正義感が強く、思いやりのある良い奴です。この国にセオドア以外に大切な人が何人もいれば、見捨てることは出来ないでしょう」
「……何が言いたい」
「フッ、簡単なことです。伴侶を複数人持たせて、裏切れないようにするんですよ」
「…………名案だが、私情が」
「五月蠅いですよ」
最後まで言わせないように睨みつければ、下唇を突き出して、むすっとした顔をされる。
こんなおかしな顔を家臣達に見せてはいないだろうな、と少し心配になる。
「魔物が復活する可能性を吟味し、紋章を授かる者の法律を変えるべきです」
「そうだな。可能性は低いが、イヴ君のように保護されることを恐れて、名乗り出ることが出来ない者もいるかもしれない」
「ええ、セオドアにも協力してもらいましょう。他に力を持つ者の気配を感じる、とか言わせれば、皆あの子の言うことは信じますから」
「それがイヴ君だとは誰も思わないだろう。もちろん、以前の私でも思わない」
いけそうだと踏んだのか、父は軽やかに頷いた。
「あとはおよそ八百年ぶりのことですし、癒しの聖女の子孫が力を受け継ぐ可能性があるかも、とかなんとか嘘八百を並べて。そこらへんは父上の得意分野でしょう? 私がイヴの伴侶となる為に、尽力してください」
一番重要なことを、さらりと真顔で告げる。
「やはり、それが目当てなんだな」
「喧しい」
顔を見合わせて、くつくつと笑い合う。
三ヶ月ぶりに苦痛もなくペラペラと話せるようになって、嬉しくてたまらない。
全てはイヴのおかげだ。
セオドアの話によると、国の奴隷になってでも私を助けたいと願ってくれていたらしい。
そんなことを言われて、惚れないわけがない。
イヴが癒しの聖女だと露見されれば、一番分があるのはジュリアス殿下だ。
今は諦めてはいるが、私の案を利用してイヴを言いくるめて口付けを強請っているのだから、イヴが紋章を授かっていると知れば、すぐにでも求婚するだろう。
……なぜ同情してしまったのだろうか。
今となっては、私の痛恨の過ちだ。
「五日後に会いに来てくれるらしいぞ」
後悔していた私の口許は、気分と同じように持ち上がる。
悪意ある噂のせいで、人からの好意に鈍すぎるイヴを、どうやって落とそうか。
不死鳥の如く甦った私は、脳内で想い人を落とす算段を立てる。
「ランディー……顔が酷いことになっている」
「余計なお世話ですよ」
多忙な中、見舞いに来てくれている父に悪態をつきながら、愉快な夜は更けていく――。
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