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第一章
9 みんなは敵じゃない
しおりを挟む体調を崩したアデルバート様を馬車に乗せて帰ろうとすると、彼を心配したジュリアス殿下とランドルフ様も乗り込んできて、みんなでアデルバート様を送ることになった。
心配してくれる友人がいるっていいな、と心が温かくなる。
無事に送り届けた後、ジュリアス殿下にも敬語をやめて欲しいと懇願されたが、丁重にお断りした。
友人四人の中ではアデルバート様が伯爵家出身で、爵位でいえば一番低いのかもしれないが、だから親しみやすく話しかけているわけではない。
彼の場合は、かしこまった口調より、普通に話した方が本心を語ってくれるからだ。
それに、さすがの俺も、王族の方には馴れ馴れしく話すことなど到底出来ない。
親しき仲にも礼儀ありだ。
◆
深紅の髪を結い上げる、つり目の美青年の圧倒的な強さを前に、俺は無様に尻餅をついていた――。
剣術の授業で、肩慣らしにパートナーを組んでくれたギルバート様に、一瞬で打ちのめされたのだ。
「イヴ君、大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございます……」
呆けている俺を立たせてくれたギルバート様は、他の生徒とも打ち合って圧勝していた。
騎士志望の生徒の中で、頭一つ抜きん出ている。
もう勇者になりたいとは思っていないが、稽古は続けていたし、なにも出来ずにこんなにあっさりと負けてしまうとは思っておらず、さすがに精神的に参ってしまった。
その後のリーグ戦では、今まで勝てていた相手にも負けてしまい、みんなから離れた俺は、地面に座り込んでぼんやりとしていた。
憔悴する俺に気付いて、隣に腰掛けて肩を抱いたギルバート様は、元気付けるようにニカッと笑う。
「リーグ戦、負けちゃった?」
「……惨敗でした」
「あ、そっか。イヴ君は知らないんだ? イヴ君の世代は、黄金世代って呼ばれてて、剣術のレベルが高いんだよ。だから俺もこの学園に転入して、自分の腕を試してみたかったんだ」
俺を慰めるように、そして無邪気に語るギルバート様は、ぽんぽんと組んでいる肩を叩く。
それから顔を寄せて、声を潜めた。
「この平和なご時世に、黄金世代と呼ばれる実力のある生徒達。そして、広い世界の中で、なぜかこの国に二人目の勇者が現れた。偶然だと思う?」
「…………まさか、」
「うん。俺は偶然じゃないと思ってる。魔物が復活する兆しだと思うんだ。もし魔物が出現するのであれば、俺は勇者でなくとも食い止めたい。……ま、俺の考えすぎだったらいいんだけどね?」
神妙な顔で頷いたが、まさか他国の青年がそんな風に考えていたなんて……と、ローランド国の一国民として、恥ずかしくなった。
それに、勇者である父と義弟の一番近くにいるのに、どうしてその重要性に気付けなかったのか。
負けることが恥ずかしいとは思わないが、俺より強い騎士志望の生徒達は全員敵だと思っていた。
昨日より少しでも強く、と歯を食いしばり、汗水流して剣を交えるクラスメイトたちを眺める。
……みんなは敵じゃない。
本当の敵は、この国を害そうとする者で、騎士志望の生徒達は全員味方なんだ。
そう気付いたとき。
──ドクンッ。
「つっ……」
「イヴ君? 大丈夫?」
「っ、すみませ、ん……っ……はぁ……はぁ……」
またしても、体の内部から燃え上がるように熱くなり、全身に火が灯るような感覚に陥った。
大量の汗を流しながら、胸を掻き毟る俺の背中を撫でてくれるギルバート様が、心配そうに俺の名を呼ぶ声が遠くに聞こえる。
「あつ……熱い、熱い、熱いっ……」
「っ、イヴ君?! しっかり!」
熱い熱いと譫言のように繰り返す俺に、ギルバート様が彼の持っていた水を飲ませてくれるが、うまく飲めずに口の端からぼたぼたと零れ落ちる。
眉間に皺を寄せるギルバート様は、勢い良く水を口に含み、脱力する俺に口付ける。
驚いて口を開けると、唇の隙間から水が注ぎ込まれて、素直にこくこくと飲む。
水が無くなり、ぼんやりとギルバート様を見上げると、難しい顔をしながら頬が髪色のようにほんのりと赤らんでいた。
「っ、イヴくん……」
「んっ…………もっと、」
深紅の瞳がぎらりと光り、再度水を口に含んでいるギルバート様を待っていられなくて、後頭部に手を回して引き寄せた。
突然口付けられて、驚きに目を見開く彼をぼんやりと見つめながら、早く水を……と、口を開かせるように唇を舐めた。
途端にドバッと水が注がれて、半分以上溢しながらも飲み干した。
それでも体の熱が引かなくて、もっと……と繰り返す俺は、ギルバート様から水を注がれ続けているうちに、ぱたりと意識を失った。
◆
目覚めると、またしても医務室で眠りこけていた俺に、黄緑色の長髪の美青年がひょっこりと小顔を覗かせる。
「イヴッ!! 気がついた? 大丈夫? 苦しくない?」
「……アデル?」
周りを見回せば、ジュリアス殿下とギルバート様
も心配そうに俺を見下ろしていた。
水を飲む為とはいえ、口付けたことを思い出した俺は、顔に熱が集まる。
「申し訳、ありませんでした。ギルバート様」
「…………いや。良かった、無事で」
元気溌剌のギルバート様がボソッと呟き、俺もこれ以上なにも言えずに口を噤む。
普段とは違うぎこちない会話に、ジュリアス殿下が美しい顔を顰める。
「なに。なんなのこの空気は」
「あっ、その……」
「なんでもないから。ただ、ちょーっとだけ……いや。何回かキスしただけ」
「っ、ジュリアス殿下っ! 違うんです! 水を飲ませていただいただけで、決してギルバート様とは如何わしい関係ではありませんので! 安心して下さいっ」
ブチギレ寸前のジュリアス殿下からブリザードが吹き荒れて、慌てて言い訳をするが、怒りに身を震わせていた。
「お二人の仲を引き裂くような行動をとってしまい、申し訳ありませんでした……」
体を起こして頭を下げると、有無を言わさぬ態度のジュリアス殿下に二人きりで話したいと告げられて、空気を読んだギルバート様とアデルバート様は退出する。
これからなにを言われるのだろうと怯える俺は、緊張で手にびっしょりと汗を掻いていた――。
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