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第一章
8 転入生
しおりを挟む──翌日。
騎士クラスに、隣国から留学生が転入してきた。
中途半端な時期に転入して来るんだな、と他人事のように思っていると、深紅の長髪を高い位置で結ぶ美青年は、他にも席が空いているのに、なぜか俺の隣に腰掛ける。
一瞬、教室内の空気がピリッとしたが、「よろしく」と手を差し伸べられた俺は、軽く頭を下げて握手を交わした。
「俺、ギルバート。ギルって呼んで? 君は、イヴくんだよね?」
「え、はい。そうですけど……」
「やっぱり! 一番美形だったから、すぐにわかった!」
「……え、美形?」
「うん、めちゃくちゃ男前!」
明らかに俺よりイケメンなんだが、口が立つ彼はすぐに友人が出来そうだ。
そんなことを思いながら、真顔でお辞儀する。
「お世辞でも嬉しいです、ありがとうございます」
「ハハッ、なるほど……。これはジュリアスも手を焼くな」
「ジュリアス殿下のお知り合いでしたか」
「うん、まあね。昔馴染みだよ」
ぺろりと恐ろしいことを告げたギルバート様は、もしかしたら隣国の王族ではないだろうか。
冷や汗が噴き出るが、ギルバート様はあっけらかんとしていた――。
俺の予想通り、フレンドリーな彼は教室内でもすぐに友人が出来るのだが、授業中はなぜかいつも俺の隣を陣取っている。
肩を組むといったスキンシップが多く、そんなことをされたことがない俺は、どう対応して良いのかわからず、顔が強張っている。
無愛想な顔が更に酷いことになったまま学食に行くと、ギルバート様は当たり前のように二階に上がっていく。
「よっ! 王子様っ!」
「チッ、ギルバート。貴様、イヴから離れろ!」
「なんでだよ。俺とイヴ君はお友達なんだよ?」
「だからってイヴにベタベタ触るな! 嫌がってるだろう!」
「クククッ。それならジュリアスも、イヴ君にベタベタ触っちゃダメだよ?」
「ぐっ……」
苦虫を噛み潰したような表情のジュリアス殿下を、ギルバート様がおちょくってケラケラと笑っている。
昔馴染みと言っていただけあって、すごく仲が良さそうな二人だ。
(もしかすると、ギルバート様は、ジュリアス殿下を慕っているのだろうか……?)
好きな相手の気を引きたくて、ちょっかいをかけたくなると、以前本で読んだことがある。
軽く頷いた俺は、肩を組まれていたギルバート様の手を取って、ジュリアス殿下の肩に乗せる。
「え。……イヴ?」
「やはりお似合……いえ、なんでもありません」
俺が微笑むと、ジュリアス殿下の目玉が飛び出るんじゃないかと思うほど目を丸くする。
「カハハハハッ! やべぇ、ツボった」
「っ……ふざけるな! 離れろッ!」
「いいじゃんいいじゃん! イヴ君が応援してくれてるから、俺、頑張るよ? ククッ」
「オェッ。普通に無理っ!」
にゅっと口を尖らせて口付けようとするギルバート様の顔を鷲掴みにするジュリアス殿下は、グイグイと必死に押しやっている。
微笑ましい光景を眺めながら、アデルバート様の隣に腰掛けた。
昨日は俺の体調が心配だからと、わざわざ家まで送って下さり、俺の家に着いても馬車の中でお喋りし続けるほど会話が弾んだ。
俺の方が身分が低いし、同級生だから敬語もやめて、更にはアデルと愛称で呼ばせていただくことになった。
穏やかな話し方で、一緒にいると落ち着く。
俺が隣に座ると、アデルバート様は嬉しそうにしながらメニューを見せてくれる。
「イヴは今日、どのランチにする?」
「うーん。どれも美味しそうで迷う……。アデルは?」
「私はAがお気に入りっ。イヴは昨日食べてたよね?」
「ああ。でも、アデルと同じものにしようかな」
ふふっ、と可愛らしく笑みを浮かべたアデルバート様は、手にしていたメニュー表をきゅっと握りしめる。
そんな仕草がセオドアに似ていて、可愛らしい。
「アデルは可愛いな」
「っ…………そ、そう? ありがとう」
褒められることに慣れていないのか、顔を真っ赤にさせて視線を彷徨わせるところも、セオドアそっくりだ。
「あ、あのさ、イヴ。今日も一緒に帰らない?」
「えっ、いいのか? 家は反対方向だろ?」
「うんっ! 昨日、すごく楽しかったから……」
「俺も。じゃあ、今日は俺がアデルを送る」
「っ……うんッ」
ぱあっと表情が明るくなり、きらきらとした大きな瞳に見つめられる俺は、自然と微笑んでいた。
そこへ頼んでいたランチが届き、食事を始める。
視線を感じて顔を上げれば、アデルバート様とバッチリ目が合う。
なにか話したいことがあるのかと、にこっと笑って首を傾げると、ふさふさの睫毛をパチパチとさせたアデルバート様が、料理に視線を向けていた。
しかし、まったく手をつけていない。
「美味しいな、アデルのお勧め」
「っ、う、うん」
「……全然食べてないけど、食欲ない?」
具合が悪いのかと思って額に手を当ててみると、かなり熱かった。
アデルバート様の顔色を見ようと覗き込むと、なぜか顔を見られないように俯く。
「アデル。熱があるみたいだ」
「っ、な、ない! ないからっ!」
「本当か? 体調が悪いなら医務室に行こう」
手を差し出すと、ぷるぷると首を横に振るアデルバート様は明らかに様子がおかしいのに、強がっているように見える。
「ほら、抱っこするから掴まって」
「っ、」
黄緑色の瞳を潤せるアデルバート様が、おずおずと手を差し出す。
柔らかなの手を取った俺は、首元に回して横抱きにした。
羽のように軽いが、悪寒がしているのか、華奢な体は小刻みに震えていた。
「すみません。医務室に連れて行きますので、お先に失礼します」
俺が他の四人に挨拶すると、皆一様にぽかんと口を開けていた。
だが、ジュリアス殿下だけは顔色が死人のように真っ白だ。
「ジュリアス殿下も体調不良ですか?」
「……いや、イヴ君。ほっといて良いよ?」
「わかりました。ギルバート様、ジュリアス殿下のことをよろしくお願いします」
会釈した俺に、アデルバート様が首元にぎゅっと抱きついて顔を隠している。
相当具合が悪いのだと察し、すぐに歩き出した俺の背に皆の視線が集中していたが、きっとアデルバート様を心配しているのだろう。
みんな友人想いだな、と胸がほっこりとしている俺の腕の中では、アデルバート様が頭をぐりぐりとさせて甘えている。
セオドアみたいだと笑みをこぼした俺は、可愛い友人をしっかりと抱き直して、医務室に向かうのだった――。
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