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41 私は王族ではなかった……

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 ヴァレリオに叱責され、行き場がなくなったコニーだったが、グランディエ公爵邸に戻っていた。
 しかし、フレイがいなくなったことで、邸内は大騒ぎになっており、コニーが解雇されたことなど、誰も気にもとめていなかった。

「大丈夫。私には、本物のお父様がいるっ」

(私がレニー様の隠し子で、他国の王族の血を引いているとわかれば、ヴァレリオ様もそう簡単には切り捨てられないはず――)

 縋るような思いで、コニーは離れまで走る。
 そして、出迎えてくれたレニーにこれまでのことを話せば、「よくやった!」と盛大に褒められた。

「ふっ、ふふふっ……。これでヴァレリオの弱みを握ったっ!!」

「っ、ですが、私は当主様には解雇されて……」

「ねぇ、コニー。そんなことは気にする必要はないんだよ? もうヴァレリオは、ボクの思いのままなんだから――」

 上機嫌になったレニーと豪遊する。
 公爵夫人になれずとも、金持ちのレニーがいればコニーだって無敵だ。

 しかし、一週間も経たないうちに、コニーの実家のマリク子爵家は爵位を返上していた。
 コニーがフレイを守れなかったどころか、他国に売り渡そうとしていたことが判明したからだ。

(私を金で売り飛ばそうとしていた偽物の家族なんて、どうなろうと知ったことか)

 それに、コニーはレニーに言われるがまま、フレイを汽車に乗せただけ。
 他国の盗賊団に指示などできやしないし、何の罪にもならないと思っていた。
 だが……。

「ボクは関係ないよっ! この男がやったんだ」

「なっ!」

 土壇場でレニーに裏切られたコニーは、あっさりと騎士たちに拘束されていた。

「どうしてですか!? お父様っ!」

「ハッ。お父様? 頭がおかしいんじゃない? このボクが、お前なんかの父親なわけがないでしょ」

「っ……!?」

 目の色が全然違うじゃないか、と言われ、コニーは愕然とする。
 そのコニーを見下す態度から、レニーに利用されただけだったことに、ようやく気付いたのだ。


 そして、必死になって抵抗するレニーだが、ザイル王国の者に連行され、レニーとは二度と会うことはなかった。


「はっ、ははっ、私は王族ではなかったのか……」

「……お前さ、何を言っているんだ? お前はマリク子爵家の者だろう」

「…………」

 両脇を拘束する騎士たちに、不審者を見るような目を向けられたコニーは、ガックリと項垂れた。



 ◇



 その後、コニーは極寒の北部にある牢獄で、重罪人として監視される生活を強いられていた。
 寒く狭い牢獄には、あたたかい布団などない。
 質素な食事と、まったく金にならない労働を一日中しなければならなかった。
 楽しみなんて何ひとつない。

「私はなにも知らなかったんだ……。それなのに、なんで私だけがこんな理不尽な目に遭わなければならないんだっ!!」

 父親だと思っていたレニーに、こっぴどく裏切られたコニーは、苛々が止まらない。
 監視役に愚痴を漏らしても、必要最低限の会話しかしないため、目すら合わない状況だ。

「これ以上ここにいたら、頭がおかしくなりそうだ……」

「――マリク子爵家が没落したのは、お前のせいだろう。家族を苦しめておいて、毎日毎日自分のことばかり……。そういうところじゃないか? 公爵閣下に愛されたお方と、見向きもされなかったお前の違いは」

「っ、」

 監視役の辛辣な言葉を聞き、コニーはようやく家族のことを思い出した。

「お前は隔離された場所で、言われたことをやっていればいいが、お前の家族は違う。平民に成り下がって、領民からは『領主の妻を、他国に売り飛ばそうとした反逆者の家族』として、今頃白い目で見られているだろうな?」

「っ、」

 容姿は似ておらずとも、コニーを可愛がってくれていた両親と、弟思いの兄。
 平凡だが、優しかった彼らを思い出し、コニーは言いようのない悲しみが込み上げてきた。

(……私は、自分が幸せになりたいからと、本物の家族を裏切ったんだっ)

 貴族に生まれれば政略結婚は当たり前で、コニーだけが不幸な結婚をするわけではないのに、自分ばかりが辛い運命だと思っていた。

「公爵夫人の専属侍従なんて、誰でもなれるわけじゃない。それなのに、どうして愚かな選択をしたんだ?」

「っ……そ、それは、」

 心底不思議そうに聞かれたが、コニーは何も答えられなかった。
 監視役の言う通り、グランディエ公爵夫人の専属侍従は、名誉ある職だったから――。

 それに、コニーがグランディエ公爵夫人の専属侍従になったことで、金で若者を買おうとする欲にまみれた者の後妻にはならずに済んだ。
 そしてフレイに気に入られれば、コニーが幸せになれる嫁ぎ先を紹介してもらえたかもしれない。

「ふ、は、ははは、そうか、そうだったのか……。だから、みんな喜んでいたのだ。ヴァレリオ様とフレイ様の侍従になれば、私が幸せになれると思ったから……。それなのに私は、欲をかいてしまった」

(あのお人好しなら、きっと素敵な人を紹介してくれただろうな……)

 コニー、コニー、と、兄のように慕ってくれていたフレイの声が聞こえてくる。
 今になって、コニーは己の犯した罪の重さを自覚した。


「あ、ああああ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、お父さん、お母さん、兄さ、ん……っ! フレイ、さま……ッ!!!!」


 道を踏み外してしまったコニーは、寒く狭い牢獄で生涯の幕を閉じた。













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