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40 失せろ

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 《コニーside》


 フレイを地獄行きの汽車に乗せ、上機嫌でラヴィーン伯爵邸に戻れば、ちょうどヴァレリオが訪ねて来ていた。
 フレイの顔を一目見ようと、わざわざ足を運んでいたようだ。

(置き手紙をしたのに、それでも来たのか……)

 ヴァレリオの大切な者への愛情は、かなり重い。
 そしてフレイがいなくなった今、次にその愛情を注がれるのはコニーになる。

(契約結婚だが、私もヴァレリオ様の伴侶候補に名が上がっていたのだ。次は、私がヴァレリオ様の伴侶に選ばれるに違いない)

 そうコニーは信じて疑っていなかった。

 ラヴィーン伯爵邸の応接室にて、ヴァレリオとラヴィーン伯爵夫妻と卓を囲む。
 気を緩めれば、だらしない顔を見せてしまいそうになったが、コニーは悲しげに目を伏せた。

「フレイはどうした?」

「私は懸命に止めたのですが、あとのことはよろしくと、フレイ様が出て行かれてしまいました……」

「っ、なんだと!? お前がついていながら、一体なにをやっていたんだ。今、フレイのそばに、誰かいるのか?」

 敬愛するヴァレリオに叱責され、コニーは本気で涙目になった。

「っ、フレイ様のおそばに置いてくださいと、何度もお願いしましたが、最後は汽車から突き落とされてしまい……。申し訳ありません」

「フレイに何かあったらどうする! なぜ、もっと早くに報告しないんだ!」

 ヴァレリオが怒鳴り声を上げ、ピリピリとした空気が漂う。

(っ……私が汽車から突き落とされたって言っているのに、心配すらしないなんて……)

 実際には突き飛ばしたのはコニーであり、嘘をついているのだが、フレイとの対応の差に、コニーはショックを受けていた。

「私は今すぐフレイを探しに行く。イアンに連絡を――」

 フレイの身を案じるヴァレリオは、すぐに駅に人を向かわせ、自身も馬で追いかけようとする。
 さらに、現近衛騎士団団長であるイアン・クルムにまで出動命令を出そうとするあたり、冷静な判断を下せなくなっていた。
 ただ、ラヴィーン夫妻は落ち着いていた。

「ヴァレリオ様、落ち着いてください。おそらく、ケント君が追いかけていると思います」

「っ、ケントが……?」

 ラヴィーン伯爵――ハリソンから話を聞いたヴァレリオは、複雑そうにつぶやく。
 ケントが追いかけていることを知って安堵する気持ちと、フレイの心が離れないかと不安になっているのだろう。
 近衛騎士の期待の星だと噂されているケント・クルムは、若き頃のヴァレリオのように令息令嬢たちから人気があった。

「ケントがフレイを追いかけていたとしても、安心できない。やはり、私もフレイを探しに行く」

「当主様、お待ちくださいっ。フレイ様のためにも、どうか……」

 フレイ以外は眼中にないヴァレリオに、コニーは手札を切る。
 フレイが身につけていたアクセサリーと、トドメにフレイがサインした離縁状。
 これらを見せれば、ヴァレリオは真っ青な顔になっていた。

(……なんと腑抜けたお姿なのだ。だが、それでいい。あとは私がおそばにいて、慰めるだけ……)

 敬愛する主人が傷ついている姿を見て、コニーはほくそ笑んだ。
 現実を受け止められず、ヴァレリオはただ離縁状を見つめている。
 そんなヴァレリオの腕を、コニーはそっと撫でた。

「今から追いかけたとしても、汽車には追いつけません。フレイ様のことは、他の者に任せましょう。大丈夫です、私がおそばにいますから……」

 初めて、ヴァレリオに触れた。
 手を振り払われることはなく、コニーは内心歓喜する。
 そしてコニーは、敬愛する主人をうっとりと見上げた後に、背筋につめたいものが走った。

「ヒッ……」

 ヴァレリオからは、ゴミを見るような目を向けられていたのだ。
 敬愛する主人に蔑むような目で見下ろされ、コニーはようやく思い出した。
 ヴァレリオの本当の姿は、こちらだと……。

 フレイのそばにいたヴァレリオは、いつも優しい目をしていた。
 その姿をずっとそばで見ていたコニーは、ヴァレリオが穏やかな性格だと勘違いしてしまっていた。


「――誰に命令している。お前は、グランディエ公爵夫人の専属侍従、失格だ。


 慌てて手を離したが、遅かった。
 コニーは解雇されてしまったのだ。
 ヴァレリオの鋭い瞳から、冗談ではないのだとすぐさま察したコニーは、床に額を打ちつける。

「っ……と、当主、さま……出過ぎた真似を……も、申し訳、ございませんっ。お許しくださいっ」

 コニーは半泣きで謝罪をしたが、フレイのことで頭がいっぱいになっているヴァレリオが、もうコニーを見ることはなかった。
 
(っ、今だけだ。今だけ、耐えるんだ……。フレイ・ラヴィーンが戻ってこないとわかれば、ヴァレリオ様はきっと私が必要になる……)


 そう自分に言い聞かせていたコニーだが、三日後にはマリク子爵家は爵位を返上し、没落。
 決して敵に回してはいけない相手の怒りを買ってしまったのだと、コニーは思い知らされることになっていた――。






















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