41 / 46
40 失せろ
しおりを挟む《コニーside》
フレイを地獄行きの汽車に乗せ、上機嫌でラヴィーン伯爵邸に戻れば、ちょうどヴァレリオが訪ねて来ていた。
フレイの顔を一目見ようと、わざわざ足を運んでいたようだ。
(置き手紙をしたのに、それでも来たのか……)
ヴァレリオの大切な者への愛情は、かなり重い。
そしてフレイがいなくなった今、次にその愛情を注がれるのはコニーになる。
(契約結婚だが、私もヴァレリオ様の伴侶候補に名が上がっていたのだ。次は、私がヴァレリオ様の伴侶に選ばれるに違いない)
そうコニーは信じて疑っていなかった。
ラヴィーン伯爵邸の応接室にて、ヴァレリオとラヴィーン伯爵夫妻と卓を囲む。
気を緩めれば、だらしない顔を見せてしまいそうになったが、コニーは悲しげに目を伏せた。
「フレイはどうした?」
「私は懸命に止めたのですが、あとのことはよろしくと、フレイ様が出て行かれてしまいました……」
「っ、なんだと!? お前がついていながら、一体なにをやっていたんだ。今、フレイのそばに、誰かいるのか?」
敬愛するヴァレリオに叱責され、コニーは本気で涙目になった。
「っ、フレイ様のおそばに置いてくださいと、何度もお願いしましたが、最後は汽車から突き落とされてしまい……。申し訳ありません」
「フレイに何かあったらどうする! なぜ、もっと早くに報告しないんだ!」
ヴァレリオが怒鳴り声を上げ、ピリピリとした空気が漂う。
(っ……私が汽車から突き落とされたって言っているのに、心配すらしないなんて……)
実際には突き飛ばしたのはコニーであり、嘘をついているのだが、フレイとの対応の差に、コニーはショックを受けていた。
「私は今すぐフレイを探しに行く。イアンに連絡を――」
フレイの身を案じるヴァレリオは、すぐに駅に人を向かわせ、自身も馬で追いかけようとする。
さらに、現近衛騎士団団長であるイアン・クルムにまで出動命令を出そうとするあたり、冷静な判断を下せなくなっていた。
ただ、ラヴィーン夫妻は落ち着いていた。
「ヴァレリオ様、落ち着いてください。おそらく、ケント君が追いかけていると思います」
「っ、ケントが……?」
ラヴィーン伯爵――ハリソンから話を聞いたヴァレリオは、複雑そうにつぶやく。
ケントが追いかけていることを知って安堵する気持ちと、フレイの心が離れないかと不安になっているのだろう。
近衛騎士の期待の星だと噂されているケント・クルムは、若き頃のヴァレリオのように令息令嬢たちから人気があった。
「ケントがフレイを追いかけていたとしても、安心できない。やはり、私もフレイを探しに行く」
「当主様、お待ちくださいっ。フレイ様のためにも、どうか……」
フレイ以外は眼中にないヴァレリオに、コニーは手札を切る。
フレイが身につけていたアクセサリーと、トドメにフレイがサインした離縁状。
これらを見せれば、ヴァレリオは真っ青な顔になっていた。
(……なんと腑抜けたお姿なのだ。だが、それでいい。あとは私がおそばにいて、慰めるだけ……)
敬愛する主人が傷ついている姿を見て、コニーはほくそ笑んだ。
現実を受け止められず、ヴァレリオはただ離縁状を見つめている。
そんなヴァレリオの腕を、コニーはそっと撫でた。
「今から追いかけたとしても、汽車には追いつけません。フレイ様のことは、他の者に任せましょう。大丈夫です、私がおそばにいますから……」
初めて、ヴァレリオに触れた。
手を振り払われることはなく、コニーは内心歓喜する。
そしてコニーは、敬愛する主人をうっとりと見上げた後に、背筋につめたいものが走った。
「ヒッ……」
ヴァレリオからは、ゴミを見るような目を向けられていたのだ。
敬愛する主人に蔑むような目で見下ろされ、コニーはようやく思い出した。
ヴァレリオの本当の姿は、こちらだと……。
フレイのそばにいたヴァレリオは、いつも優しい目をしていた。
その姿をずっとそばで見ていたコニーは、ヴァレリオが穏やかな性格だと勘違いしてしまっていた。
「――誰に命令している。お前は、グランディエ公爵夫人の専属侍従、失格だ。失せろ」
慌てて手を離したが、遅かった。
コニーは解雇されてしまったのだ。
ヴァレリオの鋭い瞳から、冗談ではないのだとすぐさま察したコニーは、床に額を打ちつける。
「っ……と、当主、さま……出過ぎた真似を……も、申し訳、ございませんっ。お許しくださいっ」
コニーは半泣きで謝罪をしたが、フレイのことで頭がいっぱいになっているヴァレリオが、もうコニーを見ることはなかった。
(っ、今だけだ。今だけ、耐えるんだ……。フレイ・ラヴィーンが戻ってこないとわかれば、ヴァレリオ様はきっと私が必要になる……)
そう自分に言い聞かせていたコニーだが、三日後にはマリク子爵家は爵位を返上し、没落。
決して敵に回してはいけない相手の怒りを買ってしまったのだと、コニーは思い知らされることになっていた――。
183
お気に入りに追加
3,594
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
逃げた花姫は冷酷皇帝の子を宿す
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝帝都から離れた森の奥には、外界から隠れるように暮らす花の民がいる。不思議な力を纏う花の民。更にはその額に浮かぶ花弁の数だけ奇蹟を起こす花の民の中でも最高位の花姫アリーシア。偶然にも深い傷を負う貴公子ジークバルトを助けたことから、花姫アリーシアの運命が大きく変わる。
※設定などは独自の世界観でご都合主義。シークレットベビー。ハピエン♥️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる