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33 エミリオとレイチェル

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 潮の香りを含んだ風が、フレイの髪を撫でる。
 三日三晩、寝ずに護衛してくれていたケントには眠ってもらい、親衛隊のひとりに変装して宿を抜け出したフレイは、想像していた船より何倍も大きな豪華客船に乗り込んでいた。

(バイバイ、みんな……)

 フォーンと長い汽笛が鳴り、船が動き出す。
 デッキに立つフレイは、これまで育った国を見つめる。
 妊娠、出産をすれば、我が子を守るために、フレイはプエル王国に戻ってくることはないだろう。
 見送りに来ている大勢の者たちが、大きく手を振っている光景を、しかと目に焼き付けていた。

「フレイ様、お身体にさわりますよ」

 優しく声をかけてくれたレノアに、フレイは微笑む。
 フレイの周りには、レノアの商団の者たちがついてくれている。
 信頼に足る彼らに守られ、フレイが船内に戻ろうとした時――。


「フレイッ!!!!」


 愛おしい人の声がする。
 ハッと振り返れば、騎乗するヴァレリオの姿があった。

「っ……ヴァレリオ、さま……」

 強引に人波を掻き分けるヴァレリオは、いつもの冷静が失われているように見えた。
 夜空色の髪は乱れ、表情も硬い。
 ……体調が悪いのだろうか。
 心配になったが、ヴァレリオが気にかけてほしい人は、フレイではないだろう。

(契約は終了して、離縁したんだもの。もう僕たちは、なんの関係もない、赤の他人だ……)


「――さようなら、ヴァレリオ様」


 フレイが別れの言葉をつぶやく。
 離れた距離だが、フレイにはヴァレリオの顔色がみるみるうちに悪くなったように見えた気がした。
 しかし、商団の者たちがふたりの間に立ち、ヴァレリオの姿は見えなくなる。

「っ、フレイッ! 行かないでくれっ! フレイッ! 頼む、話を聞いてくれっ! フレイッ!」

「っ……」

 ヴァレリオに名を叫び続けられる。
 たまらず耳を塞いだが、それでもかすかに声は聞こえてくる。
 フレイは胸が苦しくて仕方がなかった。

(……船は動き出してしまったけど、まだ戻れる距離だ)

 引き返してほしい、と言おうとしたが、すでにフレイの気持ちを察している様子のレノアは、首を横に振った。

「フレイ様、いけません。今戻っても、また傷つくだけです」

「っ……そう、だよね……」

 フレイと同じように悲しんでくれているレノアの手が、そっとフレイの腹部に触れる。

(そうだ、後継者……。ヴァレリオ様があんなに必死になっているのは、レニー様のためだ。僕が必要なわけじゃない)

 勘違いするなと、フレイは自分に言い聞かせる。

「フレイッ! フレイがどこへ行っても、私は必ずフレイを探し出すっ、絶対にっ!」

「っ……」

 元近衛騎士団団長として有名なヴァレリオが叫び続けていることで、周りの人々の注目を集めていたが、ヴァレリオは全く気にしていない。
 むしろ、必死だった。


「私はフレイを愛しているっ! 私の妻は、フレイだけだっ!」

「っ……ぅぅっ……」


 フレイの瞳にじわっと涙が溢れる。
 ヴァレリオの声は、嘘を言っているようには聞こえないのだ。

「――ヴァレリオ様、大好きでしたっ」

 いつまでもこちらを見ているヴァレリオの姿が、小さくなっていく。
 涙を堪えるフレイは、天を見上げた。



 ◇



 レノアの手を借り、フレイは隣国に渡っていた。
 それからしばらくして、フレイは双子を妊娠していることが発覚する。
 半年後には、どこよりも医療技術が発展している東方のナパジェ国で、フレイは双子を出産した。


 ――そして、ヴァレリオと別れて一年後。


「エミリオ、レイチェル。僕の天使たち……」


 ふたつのゆりかごには、男女の天使がいた。
 フレイに似て、桜色の特徴を譲り受けたレイチェルは、とても活発で、泣き虫な女の子。
 そして夜空色の髪と瞳を持つエミリオは、泣き声は小さく、控えめな性格。
 容姿は、ヴァレリオにそっくりだった。


 ふたりとも天使のように愛くるしく、ヴァレリオがいない寂しさや悲しみは、すべて双子が癒やしてくれていた。















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