34 / 46
33 エミリオとレイチェル
しおりを挟む潮の香りを含んだ風が、フレイの髪を撫でる。
三日三晩、寝ずに護衛してくれていたケントには眠ってもらい、親衛隊のひとりに変装して宿を抜け出したフレイは、想像していた船より何倍も大きな豪華客船に乗り込んでいた。
(バイバイ、みんな……)
フォーンと長い汽笛が鳴り、船が動き出す。
デッキに立つフレイは、これまで育った国を見つめる。
妊娠、出産をすれば、我が子を守るために、フレイはプエル王国に戻ってくることはないだろう。
見送りに来ている大勢の者たちが、大きく手を振っている光景を、しかと目に焼き付けていた。
「フレイ様、お身体に障りますよ」
優しく声をかけてくれたレノアに、フレイは微笑む。
フレイの周りには、レノアの商団の者たちがついてくれている。
信頼に足る彼らに守られ、フレイが船内に戻ろうとした時――。
「フレイッ!!!!」
愛おしい人の声がする。
ハッと振り返れば、騎乗するヴァレリオの姿があった。
「っ……ヴァレリオ、さま……」
強引に人波を掻き分けるヴァレリオは、いつもの冷静が失われているように見えた。
夜空色の髪は乱れ、表情も硬い。
……体調が悪いのだろうか。
心配になったが、ヴァレリオが気にかけてほしい人は、フレイではないだろう。
(契約は終了して、離縁したんだもの。もう僕たちは、なんの関係もない、赤の他人だ……)
「――さようなら、ヴァレリオ様」
フレイが別れの言葉をつぶやく。
離れた距離だが、フレイにはヴァレリオの顔色がみるみるうちに悪くなったように見えた気がした。
しかし、商団の者たちがふたりの間に立ち、ヴァレリオの姿は見えなくなる。
「っ、フレイッ! 行かないでくれっ! フレイッ! 頼む、話を聞いてくれっ! フレイッ!」
「っ……」
ヴァレリオに名を叫び続けられる。
たまらず耳を塞いだが、それでもかすかに声は聞こえてくる。
フレイは胸が苦しくて仕方がなかった。
(……船は動き出してしまったけど、まだ戻れる距離だ)
引き返してほしい、と言おうとしたが、すでにフレイの気持ちを察している様子のレノアは、首を横に振った。
「フレイ様、いけません。今戻っても、また傷つくだけです」
「っ……そう、だよね……」
フレイと同じように悲しんでくれているレノアの手が、そっとフレイの腹部に触れる。
(そうだ、後継者……。ヴァレリオ様があんなに必死になっているのは、レニー様のためだ。僕が必要なわけじゃない)
勘違いするなと、フレイは自分に言い聞かせる。
「フレイッ! フレイがどこへ行っても、私は必ずフレイを探し出すっ、絶対にっ!」
「っ……」
元近衛騎士団団長として有名なヴァレリオが叫び続けていることで、周りの人々の注目を集めていたが、ヴァレリオは全く気にしていない。
むしろ、必死だった。
「私はフレイを愛しているっ! 私の妻は、フレイだけだっ!」
「っ……ぅぅっ……」
フレイの瞳にじわっと涙が溢れる。
ヴァレリオの声は、嘘を言っているようには聞こえないのだ。
「――ヴァレリオ様、大好きでしたっ」
いつまでもこちらを見ているヴァレリオの姿が、小さくなっていく。
涙を堪えるフレイは、天を見上げた。
◇
レノアの手を借り、フレイは隣国に渡っていた。
それからしばらくして、フレイは双子を妊娠していることが発覚する。
半年後には、どこよりも医療技術が発展している東方のナパジェ国で、フレイは双子を出産した。
――そして、ヴァレリオと別れて一年後。
「エミリオ、レイチェル。僕の天使たち……」
ふたつのゆりかごには、男女の天使がいた。
フレイに似て、桜色の特徴を譲り受けたレイチェルは、とても活発で、泣き虫な女の子。
そして夜空色の髪と瞳を持つエミリオは、泣き声は小さく、控えめな性格。
容姿は、ヴァレリオにそっくりだった。
ふたりとも天使のように愛くるしく、ヴァレリオがいない寂しさや悲しみは、すべて双子が癒やしてくれていた。
175
お気に入りに追加
3,594
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
恋にするには苦しくて
天海みつき
BL
兄を亡くしたことで深い傷を負った王子と、側で見守り続ける一途な騎士のお話。ざっくりとした構成なので気軽に読んでいただけると幸いです。
小説を公開するのは初めてなので、展開が急だったり、変だったり、ありふれているかもしれませんが、ご容赦ください。
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
逃げた花姫は冷酷皇帝の子を宿す
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝帝都から離れた森の奥には、外界から隠れるように暮らす花の民がいる。不思議な力を纏う花の民。更にはその額に浮かぶ花弁の数だけ奇蹟を起こす花の民の中でも最高位の花姫アリーシア。偶然にも深い傷を負う貴公子ジークバルトを助けたことから、花姫アリーシアの運命が大きく変わる。
※設定などは独自の世界観でご都合主義。シークレットベビー。ハピエン♥️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる