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30 愛されてもいないくせに
しおりを挟む《コニーside》
フレイを乗せた地獄行きの汽車を見送り、コニーはほくそ笑んだ。
「フンッ。十八にもなって、笑えるくらいに愚かな奴だったな」
「っ…………」
可愛らしい容姿のコニーが、低い地声で暴言を吐いたからか、たまたま居合わせた客に、ギョッとした顔で見られてしまった。
しかし、コニーは上機嫌である。
「これで私が、グランディエ公爵夫人になれるっ!! あはっ、アハハハハハッ!!!!」
密かに身につけていた夜空色のネックレスを撫で回すコニーは、笑いが止まらない。
そんなコニーを見ていた人々には距離を取られたが、コニーは全く気にしていなかった。
(あんな愚か者、ヴァレリオ様には相応しくないんだよ)
もう二度と、フレイに会うことはないだろう。
それだけでも、スッキリとした気分だ。
愛されて育ったフレイを鬱陶しく思っていたが、人を疑うことを知らない、愚か者に成長してくれたことにだけは、心の底から感謝していた。
ついスキップしてしまうコニーは、フレイがサインした離縁状を手にし、駅を後にした。
平凡なマリク子爵家の末っ子として産まれたコニーは、整った顔立ちをしていた。
小動物のように愛くるしい容姿は、両親にも、兄弟にも似ていない。
だから周囲の人々には、コニーは養子だ、と噂されていたこともあり、コニー自身も『本物の両親は他にいるのではないか』と思うようになった。
なにせルビーのような赤い瞳を持っているのは、マリク子爵家ではコニーだけなのだから――。
そして両親は、長男だけを可愛がり、コニーのことは、どこか裕福な家の後妻に売り飛ばすことを決めていた。
両親は『領民の為だ』と話していたが、家族とは異色のコニーを愛せなかったのだろう。
コニーは金と引き換えに、愛人が何人もいる好色爺に嫁ぐ運命だった。
しかし――。
「――ヴァレリオ様が、契約結婚の相手を探しているらしい」
今から二年程前。
マリク子爵家に衝撃が走った。
先代――ジョナスが病に倒れたことで、生涯独身を貫くと噂されていたヴァレリオが、結婚に前向きな姿勢を見せたのだ。
「しかし、ヴァレリオ様と同年代の者たちは、既婚者ばかり。未亡人といえど、ヴァレリオ様に釣り合う者などいないだろう……」
マリク子爵が唸る。
契約結婚だとしても、天下のヴァレリオの相手は誰でも務まるわけではない。
「であれば、ヴァレリオ様の契約結婚の相手は、親戚の中から選ぶのではないでしょうか? その方がなにかと都合がいいですし」
「うむ、そうだな。我が家門には、まだ婚約が整っていないコニーもいるしな」
「そうですね」
現マリク子爵と、次期子爵の話を盗み聞きしていたコニーは、舞い上がっていた。
(私が敬愛するヴァレリオ・グランディエ公爵閣下と、契約結婚……!?)
皆の憧憬の的であるヴァレリオと結婚できるだなんて、夢のようだ。
すでに結婚する気でいたコニーは、慌てて身だしなみを整えていた。
グランディエ公爵家の親戚の中で、いまだ婚約が整っていないのは、コニーしかいないのだ。
コニーはヴァレリオが迎えにくる日を、指折り数えて待っていた。
そしてコニーの予想通り、一月後にヴァレリオが来訪するという知らせが入った。
もちろん、マリク子爵家は大騒ぎである。
精一杯のおめかしをされ、コニーは王子様であるヴァレリオの到着を待つ。
(好色爺に嫁ぐ運命だったのに、まるでシンデレラストーリーだ!)
コニーは、地位も名誉も全てを持っているヴァレリオに嫁ぐ名誉を賜ったのだ。
しかし、現実はそう甘くなかった。
『君には、私の妻となる者の専属侍従になってもらいたい』
「えっ……」
ヴァレリオの美しい唇から放たれた言葉は、コニーにとっては残酷なものだった。
妻になる気でいたコニーは、放心状態である。
「よかっな、コニー!」
「おめでとうっ! これでコニーも幸せになれるっ!」
ひとり戸惑うコニーをよそに、家族は大喜び。
コニーが、ヴァレリオの伴侶となる者の専属侍従として選ばれたことを、光栄に思っていた。
そうして、コニーはひとり不満を抱えたまま、ヴァレリオの妻に選ばれた者と対面した。
桃色の甘い綿菓子のような美青年――フレイ・ラヴィーンだった。
(なんでこんな奴が……)
社交界では知らぬ者はいない有名人だが、コニーよりも年下で、無知だ。
使用人として、ジョナスの介護をするコニーは、褒められたことなど一度もない。
当然の業務だからだ。
それなのに、全く同じことをしているフレイだけが、使用人たちから神のように崇められているのはどうしてなのか。
(ヴァレリオ様に愛されてもいないくせに……っ。契約上の公爵夫人は、そんなに偉いのかっ)
貧乏な家の末っ子で、可愛らしい容姿のフレイとコニー。
どちらも同じような立場だというのに、どうしてコニーではなく、フレイが選ばれたのか。
そして何よりも許せなかったのは、ヴァレリオの夜空色の瞳に映っているのは、いつだってフレイだったことだ――。
「っ…………許せない。ヴァレリオ様の隣に立つのは、私だったのにっ」
フレイがヴァレリオの隣を歩いているだけで、コニーはらわたが煮え繰り返っていた。
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