上 下
24 / 46

23 厄介者

しおりを挟む


 衝撃的な出来事が起こり、フレイはコニーに連れられ、いつのまにか自室に戻っていた。
 
 ヴァレリオがレニーを離れに囲っていることを知ってしまった今、夫夫の寝室を使えるはずもないと、コニーが気を利かせてくれたのだろう。

(もし、ヴァレリオ様が、何食わぬ顔で戻って来ても、僕はきっと泣いてしまうと思う……)

 なにがあってもヴァレリオを愛し続けるのだと思っていたフレイだが、ヴァレリオに愛を囁かれるのも、腕の中で眠るのも、今は出来そうになかった。

 フレイがぼーっとしていると、コニーが顔を拭いてくれた。
 どうやら涙が止まっていなかったようだ。

「っ……申し訳、ございませんっ、」

 弱々しい声で謝罪するコニーに、フレイは首を傾げた。

(……どうしてコニーがそんな顔をするの……?)

 コニーは何も悪くないのに、フレイよりも辛そうな表情だ。
 だが、コニーを気遣える余裕が、今のフレイにはなかった。
 コニーに促され、フレイは寝台で横になって目を伏せる。
 しかし、眠れるはずもなく、枕が冷たくなっていくだけだった。



「ふぅ、ぅ……っ」

 ふと、すすり泣く声が聞こえて来る。
 うっすらと目を開ければ、すでに朝日が昇っており、部屋は明るくなっていた。
 そして寝台に顔を埋め、声を押し殺しているコニーが、フレイの手を握ってくれていた。

(コニーがいてくれて、よかった……)

 フレイが弱々しくも手を握り返せば、コニーがハッと顔を上げた。
 その時、ノックの音が響いた。
 フレイとコニーの体が、同時にビクンと大袈裟なくらいに飛び跳ねる。


「フレイ、大丈夫?」

「「っ……」」


 ヴァレリオの声だ。
 先程、離れでヴァレリオとレニーが密会していた光景がパッと思い起こされ、フレイの瞳に涙が溢れ出す。
 そんなフレイが、ヴァレリオに顔を見せられるはずもなく、代わりにコニーが対応してくれた。


「フレイが寝室にいなかったから、心配になって来たんだが……。体調が悪いのか?」

「――ええ、非常に……。しばらくは、誰にも会いたくないと仰られています」

「…………そうか」


 また後で来る、と告げたヴァレリオが、部屋を後にし、フレイはそっと息を吐いた。
 その後は、コニーが食事を運んできてくれたが、食欲がなかったフレイは、スープだけをなんとか飲み干した。



 そして丸一日、フレイが部屋に引きこもっていたからか、心配するヴァレリオが訪ねてきた。

(僕のことなんて放っておいて、レニー様のところに行けばいいのに……)

 自暴自棄になっているフレイのもとへ、コニーが戻って来る。

「フレイ様……。今回は引いてくださいましたが、さすがにこれ以上は怪しまれるかもしれません」

「……そう、だよね。きちんと向き合わないといけない、ってわかってるけど……ぅぅっ、」

 本人がいなくとも、ヴァレリオの話をしているだけで、ほろほろと涙が溢れてくるのだから、話になんてならないだろう。

 一般的に、貴族が愛人を囲うことは、そう珍しいことではない。
 ただ、伴侶には愛人の存在が露呈しないよう、細心の注意を払うことが暗黙のルールだ。
 ヴァレリオのように、あんな大胆に離れに愛人を囲ったりすることはない。

(――つまり、それだけレニー様を寵愛しているという意味になる)

「僕と離縁したいという、意思表示なのかな……」

「っ、」

 フレイが素直に思ったことをポツリとこぼせば、コニーが目を見張った。

「そ、そのようなことは……」

「…………」

 気まずい沈黙が流れる。
 フレイと共に、ヴァレリオとレニーの関係を目撃しているコニーも、ありえない、とは言い切れないのだろう。
 コニーは申し訳なさそうにしていたが、下手に慰められるより、ずっといい。
 だって――。

「――よく思い返せば、離れは綺麗に保たれていたし、使用人たちもみーんな知っていたんだと思う。……僕は、家族だと思っていた人たち全員に、厄介者だと思われていたんじゃないかな……」

「ッ!!」

 自嘲気味に笑えば、コニーは絶句した。
 何か言おうと、必死に口を開閉させるコニーからフレイは目を逸らす。

「フレイ様。一度、ご実家に帰省しませんか? 心を休めましょう。私も、フレイ様についていきたいと思っています」

 コニーが笑いかけてくれ、フレイは涙を拭う。
 きっとこの家でフレイの味方は、コニーだけだ。
 ヴァレリオの顔を見て話をする精神状態ではなかったフレイは、コニーの提案を受け入れることにした。

「…………うん。一緒にラヴィーン家に帰ろう。きっと僕がいなくなった方が、ヴァレリオ様も、みんなも、のびのびと過ごせるだろうしねっ」

「っ、」

 コニーの顔色がサァッと青ざめる。
 フレイが余計な一言を言ったせいで、またしてもコニーを苦しませてしまった。
 それでも、真実なのだから仕方がない。


 それからヴァレリオや使用人たちの目を盗み、フレイはコニーに連れられて、グランディエ公爵邸を後にしていた。





















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

逃げた花姫は冷酷皇帝の子を宿す

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝帝都から離れた森の奥には、外界から隠れるように暮らす花の民がいる。不思議な力を纏う花の民。更にはその額に浮かぶ花弁の数だけ奇蹟を起こす花の民の中でも最高位の花姫アリーシア。偶然にも深い傷を負う貴公子ジークバルトを助けたことから、花姫アリーシアの運命が大きく変わる。 ※設定などは独自の世界観でご都合主義。シークレットベビー。ハピエン♥️

処理中です...