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17 (※)元婚約者、来訪

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 ヴァレリオと婚姻して三カ月が経過し、季節は冬を迎えていた。
 今年は珍しく雪が降り、一段と厳しい寒さだ。
 しかし、ぬくぬくとあたたかな寝台で、愛する人に腕枕をしてもらうフレイは、いつまでも冬が終わらないでいてほしいと願っていた。

「無防備な寝顔も、美しすぎるっ」

 夫の端正な顔にほうっと見惚れていれば、ピクッと瞼が反応した。
 フレイを映した夜空色の瞳が、嬉しそうに細められる。

「おはよう、フレイ。――朝から可愛いね」

 ヴァレリオにおはようのキスをしてもらい、フレイはぽっと頬を染める。
 昨晩も、口付け以上のことをしているが、フレイはなかなか慣れなかった。

「もう起きる?」

「っ、ま、まだ眠たぃです……」

 逞しい胸板にすりすりと頬を寄せたフレイは、ヴァレリオに甘える。

「……かわいい。もう少しだけ、まったりしていようか」

 甘い声で囁いたヴァレリオが、フレイの頬にキスの雨を降らせた。

「――ん……くすぐったぃ」

 フレイはヴァレリオの鍛え上げられた肉体を好ましく思うが、ヴァレリオの方はフレイの赤子のようなもちもちとした肌を好ましく思うらしい。
 飽きることなく、頬ずりをしている。

 そこへ、ノックの音が響く。
 ヴァレリオが頼んでいたのか、使用人たちが朝食を運んできてくれていた。
 コニーが紅茶を淹れてくれ、慌てて起き上がったフレイは、下半身の違和感に「あっ」と声を上げていた。

(ど、どうしようっ、恥ずかしい……っ)

 起き上がった際に、昨晩、掻き出してもらったはずのものが、後蕾から少し漏れてしまったのだ。
 もじもじと膝を擦り合わせていれば、何か察した様子のヴァレリオにお姫様抱っこをされていた。

「ごめんね。ちゃんと掻き出したつもりたったんだけど……。昨日は奥に注いだから、残っていたかな?」

「~~~~ッ!!」

 耳元で囁かれ、中がキュンとする。
 奥まで貫かれて、ぐずぐずにされたことを思い出してしまったフレイは、たちまち蕩けた顔に変わっていた。

 それから浴室に連れて行ってもらい、再度丁寧に洗ってもらう。
 結局、それだけでは済まなくて、朝食は冷めてしまっていた。





 ◇





 屋根に積もっていた雪も解け、あたたかな春が訪れた。
 ヴァレリオがフレイをベタベタに甘やかす姿は、邸内では見慣れた光景になっていた。
 フレイは愛されていることを実感する。
 ジョナスとヴァレリオとフレイの三人が、庭園を散歩し、穏やかな時間が流れていた。

 しかしそこへ、ダリウスが駆け寄ってくる。
 いつも優雅なダリウスが走った姿を、フレイはこの時初めて見ることになった。

「っ、ヴァレリオ様、お客様が……」

 慌てた様子のダリウスが、声を潜める。
 話の途中でハッとしたヴァレリオは、フレイに声をかけることもなく、すぐさま客人を迎えに走り出した。
 珍しいことに、フレイは驚きを隠せない。

「…………誰が来たんだろう? 僕は行かなくてよかったのかな?」

 あっという間にヴァレリオの背は見えなくなり、フレイは呆然とする。
 「放っておけ」とジョナスが告げ、ヴァレリオのことが気になったものの、フレイはゆっくりと歩き出した。
 今日は体調が優れなかったジョナスを励ますため、フレイは子どもの話をすることにした。


「お義父様、もう少し待ってくださいね? 僕が、ヴァレリオ様に似た、強くて優しくて格好良くて、元気で可愛い子を産みますからねっ!」

「――もう、演技はやめていいぞ」


 ジョナスと日課の散歩をしていたフレイは、車椅子を押す手を止めていた。

「フレイ、今までありがとう。だが、もう私の前で無理はしなくていい……。全てわかっておる」

 背後を振り返り、フレイの手を握ったジョナスが悲しげに笑った。
 さっきまで和やかな時間を過ごしていたというのに、急にどうしたのだろうか。
 ジョナスの隣にしゃがみこんだフレイは、きょとんとした顔のまま首を傾げた。

「お義父様? なにを仰っているのですか……?」

 しばらくフレイの目を見ていたジョナスは、逡巡しゅんじゅんしたのち、重い口を開いた。


「――お前たちが、死を目前にした私のために、結婚したこと……。今もをし続けていること……。すべて知っておる」

「………………はい?」


 苦い表情を浮かべたジョナスに、フレイは困惑するしかなかった。

 半年程前に、フレイは長年片想いをしていた相手――ヴァレリオと婚姻した。
 みんなが羨むような素敵なデートをし、たくさんの贈り物をいただいた。
 王族並みの豪華な結婚式を挙げ、今は何不自由のない生活を送っている。

 義理の父親はフレイをとても可愛がってくれ、使用人たちもフレイを大切に扱ってくれる。
 その理由は、ヴァレリオがフレイを溺愛しているからだと、フレイは信じて疑っていなかった。

「…………一体、なんのお話ですか? 僕は、ヴァレリオ様のことをお慕いしておりますよ? 十歳の頃から、ずーっとヴァレリオ様が好きで、社交界でも知らない人はいないくらい――」

「もういい。いいんだ、フレイ……。フレイには、私のせいで悪いことをしてしまったな……」

 なぜだろう、嫌な予感がする。
 耳を塞いでしまいたくなったが、その前にジョナスが嘆いた。


だというのに、フレイにそんな嘘までつかせてしまって……。私は毎日、心苦しくて仕方がないっ」

「っ、」


 話を聞けば、ヴァレリオはフレイを愛してはおらず、死を目前にしたジョナスを安心させるために結婚しただけだった。
 その事実はフレイの両親も承知しており、代わりに多額の金銭を受け取っていた。
 天災で負った借金返済に、全額使用されている。
 素敵なプロポーズをしてもらい、片想いの相手との恋を実らせ、恋愛結婚をした気でいたフレイにとっては、衝撃的な事実だった。


「特別に想っていた、って……。愛してるって、言ってくれたのに……。全部、嘘だったの……?」


 そしてこのタイミングで、幸か不幸か、ヴァレリオの元婚約者が来訪した知らせが届いた。
 フレイという妻がいるにもかかわらず、邸内は歓迎ムード。
 それは、ヴァレリオもだった。



 いつもと変わらない幸せな日常が、ガラガラと音を立てて崩れていった――。
















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