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13 ヴァレリオの幼妻

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 《ダリウスside》


『僕は、大好きなヴァレリオ様との、愛の結晶を授かりたいと思ってる』


 ダリウスが敬愛する主人――ヴァレリオの幼妻が告げた衝撃的な話に、内心ダリウスは度肝を抜かれていた。


「フレイ様のことは、素晴らしいお方が嫁いで来てくださったと、私も常々思っておりましたが……。まさか、後継者のことまで……」

「……うん。僕が、グランディエ公爵家の後継者を産めば、お義父様も安心すると思うんだ。ヴァレリオ様に似た赤子は、きっとお義父様に力を与えてくれるはずだものっ」


 そう言って、にっこりと笑ったフレイの愛らしい顔を、ダリウスは生涯忘れることはないだろう。


だというのに、ここまで尽くしてくれる嫁は、フレイ様くらいだ……)


 きっとヴァレリオとの離縁後も、フレイならば良縁に恵まれることだろう。
 そう、思っていたのに――。

(未来あるフレイ様とは、白い結婚をする、と。そう仰っていたではありませんか……)

 冷徹れいてつだったはずの主人が、幼妻から逃げ続ける情けない姿を思い出したダリウスは、どうしたものかと頭を悩ませていた――。






 フレイ・ラヴィーン。
 彼のことを知らない貴族はいないだろう。

 綿菓子のようなふわふわとした桃色の髪。
 丸く大きな桃色の瞳は、愛らしさ満点。
 マシュマロのような頬も、小さな唇も桃色だ。
 社交界では『桜の女王』と呼ばれるほどの美貌の持ち主で、老若男女問わず愛されてきた人である。

 もし、王太子が未婚だったなら、フレイが王妃になる未来もあっただろう。
 実家が何の後楯にもならない、貧乏伯爵家だったとしても、だ。

 フレイは、容姿だけが優れているわけではない。
 明るく、何事にも一生懸命。
 周りが思わず応援したくなるような人柄なのだ。

(フレイ様は、我々の太陽。女神様だ……)


 およそ一年半前。
 先代グランディエ公爵――ジョナスが病に倒れ、食事も摂れなくなった時。
 誰もが絶望した。
 治療薬もなく、もう打つ手はないと諦めていた。
 職を辞したヴァレリオが、気落ちするジョナスに付き添っていたものの、邸内は暗い雰囲気が漂っていた。

 そんな時に現れた救世主が、フレイだった。

 天真爛漫なフレイと、他愛もないことを話しているうちに、ジョナスに笑顔が戻ったのだ。
 そしてジョナスには、胃に優しく、あたたかいものを食べてほしいと、フレイが料理を習い始めた。

 ただ、貴族が厨房に立つなどありえないことだ。
 魚に触れることもできず、包丁の扱いもわからないフレイが、まともな調理ができるとは思えない。
 挑戦して、ダメだったなら諦めるだろうと、ひとまず見守ることにしたのだが……。
 フレイは諦めなかった。

 グランディエ公爵家に雇われている一流の料理人たちに混ざって奮闘するフレイの姿は、ジョナスだけでなく、使用人全員が心を打たれた。

(治療薬がないからと、もう打つ手がないと思い込んでいたが……。まだ我々にもできることがあるのだと、フレイ様に教えてもらったのだ)

 いくらヴァレリオがレジェンドとはいえ、それも過去のこと。
 二回りも歳の離れた男に金で買われたというのに、なんと健気なのだろうか。
 政略結婚の相手の父親とも、真摯しんしに向き合おうとするフレイの姿に、ダリウスは柄にもなく涙が出そうだった――。

 それからは、フレイが毒見役すらもこなしたからか、ジョナスも少しずつ食事を摂れるようになっていった。
 無気力で寝てばかりいたジョナスが、フレイが会いに来れば、車椅子に乗って庭園を散策し、外で食事を摂る。
 毎日陽の光にあたったことで、ジョナスの体調も回復していったように思う。

 その際に、威厳のある先代に、フレイが料理を食べさせているところを初めて見た時は、流石のダリウスも腰を抜かしそうになったものだ。

(だが、誇り高い騎士だったジョナスが、軽いスプーンすら握れなくなっていただなんて、誰が想像できただろうか……)

 今のジョナスは、フレイを孫のように可愛がり、生き生きとしている。
 ジョナスいわく、いつもニコニコしているフレイのマシュマロのようなほっぺに触れているだけで、元気が湧いてくるそうだ。
 人生を諦め、濁った瞳をしていたジョナスは、もういない――。


 文句ひとつ言わず、ヴァレリオの妻として己の役割以上のことを果たしているフレイを、グランディエ公爵家に仕える者たちは皆、敬愛していた。





 























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