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12 いろんな想い
しおりを挟む料理が完成し、フレイは客人に挨拶に向かった。
公爵夫人になってから、初めての仕事だ。
ヴァレリオの妻として、しっかりと役目を果たそうと心に誓い、扉を開けた。
「本日は、ようこそお越しくださいました」
「おっ、フレイちゃん!」
緊張していたフレイに、ヴァレリオの客人が親しげに声をかけて来る。
馴れ馴れしい態度に驚くフレイだったが、客人の顔ぶれに、度肝を抜かれた。
全員、フレイの知り合いだったのだ。
「結婚式以来だな? 元気そうでなによりだ」
ヴァレリオの客人として訪れていたのは、フレイの同級生の父親たちだった。
共通点もあり、会話も弾んだ。
ヴァレリオには、早く休むようにと気を遣ってもらったが、フレイは緊張することなく、リラックスした状態で、最後まで宴会を楽しんでいた。
◇
日付が変わり、皆が寝静まった頃。
フレイは、酔っ払って寝てしまった元部下を軽々と担ぐヴァレリオと共に、廊下を歩いていた。
「こんな時間まで付き合わせて、ごめんね……」
ヴァレリオが申し訳なさそうにしているが、フレイは全力で首を横に振る。
(だって僕は、主にヴァレリオ様の近衛騎士時代の裏話を聞かせてもらっていただけなんだもの……。もっと聞きたかったくらいだっ)
「ヴァレリオ様が、みなさんと楽しそうにしている姿を見られて、僕も嬉しかったです」
「…………フレイは、本当にいい子だね」
しみじみと語ったヴァレリオが微笑む。
酒のせいか、頬を上気させる夫の美しい顔に、フレイはほうっと見惚れていた。
「明日は寝坊しても大丈夫だから、ゆっくりやすんでね。おやすみ、フレイ」
てっきり、今日は一緒に眠るのだと思っていたフレイは戸惑ってしまう。
だが、ヴァレリオは騎士の男性を担いでいるため、長話はできない。
本当はまだ一緒にいたかったが、フレイはなんとか笑顔を作った。
「っ、は、はいっ、おやすみなさぃ……」
「うん、また明日ね」
とても穏やかな声で告げたヴァレリオに、そっと頭を撫でられる。
たったそれだけのことで、胸がキュンとするフレイは、最後はきちんと笑えていた。
元部下を寝かせるため、客室に向かったヴァレリオの背を見送り、フレイはひとり夫夫の寝室で過ごす。
「はあ……。愛し合うことはできなくても、一緒に眠りたかったなぁ……」
ヴァレリオがいない寝台は、広くて寒い。
今日は仕方がないか、と諦めたフレイは、早々に眠りについた。
しかしその後、ヴァレリオと共に寝る機会は、なかなか訪れなかった。
素晴らしいおもてなしと、フレイが作った料理が美味いという噂話が広まり、グランディエ公爵邸には、毎日のように近衛騎士仲間が集まるようになっていた――。
◇
ヴァレリオと結婚して一カ月。
相変わらずフレイは、忙しい毎日を送っていた。
義父の食事とは別に、客人の食事の準備も増えたのだ。
婚約者だった頃は気付かなかったが、ヴァレリオを訪ねてくる者は大勢いた。
ヴァレリオの妻として挨拶をしないわけにもいかないため、フレイも宴会に付き合うこともしばしばだった。
夫の人望が厚く、周りの者たちに慕われていることは嬉しいことこの上ない。
だが、夫夫の時間がなかなかとれないことが問題だった。
(このままじゃ、愛し合うどころか、こどもも望めない……)
なにせフレイがヴァレリオと身体を重ねたのは、一度きりなのだ――。
焦るフレイは、信頼できる執事に相談していた。
「……もしかして、避けられているのかな……? ねぇ、ダリウス。なにか聞いてる?」
「そんなことはございません。ヴァレリオ様は、フレイ様を大切に想っていらっしゃいますよ」
ダリウスは嘘をついてはいないし、フレイもヴァレリオに大切にされているとは思う。
だが、フレイが言いたいことは、そういうことではないのだ。
「っ、そ、そうじゃなくって! 夜の問題っ!」
はて? とわずかに首を傾げるダリウスは、優雅に紅茶を飲んでいる。
ダリウスは何の問題もないと思っているようだが、フレイは違った。
大好きなヴァレリオと、愛を育みたい想いはもちろん強いが、フレイはふたりの愛の結晶を授かりたいのだ。
グランディエ公爵家の後継者を産み、ジョナスのことも安心させてあげたい。
ヴァレリオに似た赤子は、きっとジョナスに力を与えてくれるはずだ。
ぽやっとしているように見えるが、フレイなりにいろんな想いがあった。
「っ…………そんなことまで、お考えにっ!?」
胸の内に秘めた願いを打ち明ければ、ダリウスはこちらが引いてしまうくらいに、びっくり仰天していた。
「フレイ様のことは、素晴らしいお方が嫁いで来てくださったと、私も常々思っておりましたが……。まさか、後継者のことまで……」
「……うん。僕、どうしたらいいと思う? こんなこと、誰にも相談できなくて……」
「っ、フレイ様……」
ダリウスが感極まったようにフレイの名を呼ぶ。
ここだけの話にして、とお願いをしたフレイは、誰にも話せなかった心中をぶちまけることにした。
「僕は鍛えてもいないし、もしかすると抱き心地が悪かったのかな? だからヴァレリオ様に、一度しか抱いてもらえていないんじゃないかな、って思うんだけど――」
「ッ、ブフォッ!!!!」
自分で話して悲しくなったところで、今まで穏やかに話を聞いてくれていたダリウスが、急に紅茶を吹き出した。
「っ、ちょっとダリウス、大丈夫!? 紅茶が変なところに入っちゃった?」
「…………」
フレイはハンカチを差し出したのだが、ダリウスにじっとりとした目で見られているのは、一体どうしてなのだろうか。
「――……衝撃的な事実で。申し訳ありません、取り乱しました。ヴァレリオ様に、さりげなく聞いてみますね」
「あっ、はい、お願い、します……」
ダリウスが、フレイの力になろうとしてくれることは嬉しいのだが。
目が笑っていないダリウスの笑顔の圧に、フレイは思わず敬語で返事をしていた。
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