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第一章
6 仮面族
しおりを挟む人目も気にせず、走り続ける。
ひとりになりたくて向かった先から、肉の焼けた香ばしい匂いが漂ってきた。
知らず知らずのうちに向かった場所は、僕の息抜きの場所である厨房だった。
「今日の軽食は、ステーキか……」
広々とした厨房では、腕の立つ料理人たちが任された仕事をこなしている。
その数、五十名はいるだろう。
作業指示が飛び交う騒がしいけれど、無心になりたい時にはうってつけの場所である。
「し、失礼します……」
コソコソと厨房の隅に向かう僕の存在を、チラッと見た料理人たちだが、すぐに視線は逸らされた。
ゾネ王国の男性は皆、よく食べる。
高貴な身分の者や裕福な者たちは、三食しっかりと食事を摂り、さらに軽食も豪華だ。
ゆえに、王宮の料理人は多忙を極めているため、僕なんかにかまっている暇はない。
彼らの邪魔をしないよう、僕は壁に張り付くように移動する。
目的の場所では、いつものように若い見習い料理人たちが輪になっていた。
「すみません。手が空いたので、お手伝いさせてください」
誰からも返事はないけれど、一応声をかける。
それから、そこら辺に転がっていたボロボロの木箱を持ってきて、その上にそっと腰を下ろした。
輪の中心に置かれている籠から、少し泥のついた芋を手に取る。
僕が勝手に食材に触っても、誰からも文句は言われなかった。
彼らは朝早くから下働きをしていて、疲れ切っているんだ。
無視されるのはやっぱり辛いけれど、ここには僕を軽視するような目を向ける人はいない。
王宮の中でも、自室と同じくらいに息がしやすい場所だった。
黙々と作業をこなす彼らに混ざり、一心不乱に芋の皮剥きを手伝う。
なにも考えなくてもいい作業のはずなのに、脳裏に浮かぶのは母様とフロレンティーナのことばかり。
一度芽吹いてしまった不満な気持ちは、なかなか消えてくれなかった。
フロレンティーナは生まれたばかりの赤子なのだから、なによりも優先するのは当たり前のこと。
そう頭では理解しているのに、最近では母様の僕への愛情が薄れたようにしか思えなかった。
(こんな思いをしてまで、王宮という地獄に居続ける意味はあるのかな……?)
どこか、遠くへ行きたい。
誰も知らない、遠いところへ……。
◇ ◇ ◇
気の狂ったような夏が終わり、フィリリと、秋の虫の声が聞こえ始めた。
少しは過ごしやすくなったけれど、母様との距離が縮まることはなく、僕の心はどんよりと雨模様。
雨乞いの儀式をしなくても、心の雨はなかなか止みそうになかった。
いつものように、国王陛下と母様、フロレンティーナの仲良し家族三人をぼんやりと眺めていると、けたたましい音を立てて扉が開く。
「陛下っ!! 緊急事態ですっ!! 仮面族が攻めてきましたっ!!」
細身の男が部屋に飛び込んでくる。
銀縁眼鏡が似合う、ヴォルガ・オランドだ。
長い銀色の髪と中性的な容姿で、侍女からも大層人気な宰相である。
しかし、何事にも動じない皆の憧れの宰相が、今は「はあ、はあ」と息を乱している。
危機的状況だということは、政に疎い僕にもわかった。
「大軍を引き連れた仮面族の長が、王宮に向かっているとの報告がっ!!」
「な、なんだと!? なぜ、仮面族が!?」
国王陛下の大声に、フロレンティーナが泣き出してしまう。
そして『仮面族』に怯える侍女たちは、真っ青な顔で震えている。
しかし、僕は違うことに気を取られていた。
(仮面族って、インネサイト国のこと!? ロイド様が住んでいる国だ!)
閉鎖的な国――インネサイト国は、他国の間では『仮面族』と呼ばれている。
理由は、戦に参戦する者たちが皆、真っ白な仮面を装備しているからだ。
戦闘後は、返り血で赤く染まる仮面が不気味で有名だった。
でも、その噂も数百年以上前の話だ。
ロイド様からは、今は他国間の争い事もなく、平和で自然豊かな国だと聞いている。
だから、インネサイト国が攻め込んでくるとは夢にも思わなかった。
「すでに一部の領土を奪われました。戦闘する間もなく、制圧されたようで……」
「なっ!! なぜそのようなことにっ!! シトロエン辺境伯はどうした!!」
「そ、それが……」
なんとも言いにくそうに宰相が顔をしかめ、僕は生きた心地がしなかった。
シトロエン辺境伯――ゴーディおじさまには、僕も何度かお会いしたことがある。
太くつながった眉毛が印象的で、大きな熊のような人だ。
「シトロエン辺境伯が、人質として捕えられたとの報告が――」
「あ、あのゴーディが、仮面族に負けただと!?」
「……はい。そのため、彼の率いる部隊も手を出せない現状です」
「っ、なんということだ……」
絶望的な現状に、国王陛下の顔色が真っ青に変わった。
不敗神話を誇るシトロエン辺境伯は、ゾネ王国最強の男だ。
彼の率いる部隊も精鋭揃いだったため、国王陛下の驚きはひととおりではなかった。
でも、僕だけは密かに安堵の息を吐いた。
(ゴーディおじさまが人質ってことは、戦死してはいないってことだよね……?)
ゴーディおじさまは、宰相のような線の細い男性を好む令嬢たちからは恐れられているけれど、騎士たちからは絶大な人気がある。
僕が連れ子だからと態度を変えることもなく、とても真っ直ぐな人だ。
そして、子供に好かれたくて、いつもポケットに飴玉を詰めているお茶目なところがある。
僕が唯一知っている甘味をくれたのも、ゴーディおじさまだ。
僕は勝手に親戚のおじさんのように慕っていた。
「ゴーディが勝てぬなら、もう終わりだ……。どうせ奴らも、我が国の水が狙いなのだろう」
攻め込まれた理由を予想した国王陛下が、険しい顔付きになる。
母様が雨乞いの儀式を行っているため、ここ最近のゾネ王国の年降水量は、世界平均の二倍以上。
加えて、水がとても綺麗だった。
母様の不思議な力のおかげだと思う。
ただの水を近隣国に輸出することで、ゾネ王国は国庫を潤している。
その儲けた金で、様々な事業に取り組むことができ、国が発展していた。
だからこそ、どこの国もゾネ王国の水を欲しているのだ。
「水だけじゃない。エルシーを要求されてしまえば、余は、余はっ――」
「陛下、落ち着いてください。皆を招集しましょう。それから早急に、インネサイト国の者と話し合いの場を設けるのです」
鈴を転がすような声が響く。
場を仕切ったのは、なんと母様だった。
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