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その後
132 サイモン
しおりを挟むエドワードとの交際は順調なのだが、舞台俳優の仕事に関してはあまり芳しくない。
その点だけが気になっていた俺は、エドワードには仕事だと話して、とある人の元へ向かっていた。
嬉しいことに、俺は風魔法が得意だったから、飛行魔法を少しだけ使えるようになっている。
飛んでは馬車に乗りを繰り返して、最短で喫茶『Noel』に着くことが出来ていた。
冬の期間は営業休止をしている店内は、不気味なほど静かだ。
カチカチと時計の音が鳴る。
突然の訪問にお邪魔だったかと心配になっている俺の前には、物凄く距離がある二人。
紅茶を用意してくれたノエルちゃんは立ったままだし、付き合いたてのカップルか? って聞きたくなるくらい、お互いをチラ見しているんだが……。
一体なにがあったんだ?
とりあえずユージーンさんと二人きりで話したいと告げて、ノエルちゃんには席を外してもらった。
俺の用がある相手がユージーンさんだったことに二人とも驚いていたけど、ノエルちゃんはなにかを察したようだった。
ノエルちゃんが退室すると、はあっと重い息を吐くユージーンさんは、途端に憂鬱な顔になる。
「なにかあったんですか?」
「…………いや」
「あったんですね」
「…………暴走、してしまった」
ぽつぽつと言葉を発するユージーンさんは、舞台に立っている時とはまるで別人だ。
要約すれば、すっごくいいことがあって、ノエルちゃん愛が爆発して、可愛がりすぎたらしい。
この人もなんだかんだで、エドワードと同じように、恋人の前ではかっこつけるタイプだった……。
周囲の人間からは、完璧な王子様だと思われている人だが、愛する人の前ではその仮面も剥がれてしまう。
「ノエルに幻滅された……」と、この世の終わりのような顔をしている。
別に嫌われたわけでもないようだけど、その日からノエルちゃんと距離を置いているらしい。
……不器用かっ!
嫌いになったなら一緒にいないだろうと励ます俺は、アドバイスをもらうはずだったのに、なぜか悩み相談を受けていた。
「それで本題なんですけど……。エドワードのために、舞台に上がってくれませんか? 一度だけでいいんです」
「……私は別にかまわないが。それでエドワードのやる気が出るのかが疑問だ」
急に真剣な顔になるユージーンさん。
今もエドワードのことを心配してくれている。
「私ではなく、うってつけの人物がいるだろう」
「……誰です? エドワードが一番尊敬してるのは、ユージーンさんだと思いますけど」
「ふふっ、サイモン。お前だ」
ふっと笑ったユージーンさんは、目が本気だった。
予想外の返答に呆気に取られた俺は、彼の言葉を理解するのにかなり時間がかかった。
「…………はいっ?! いやいやいや。俺は舞台俳優並のイケメンですけど、演技はど素人ですから。イケメンですけど……」
「それだけ自信家なら出来るな?」
「冗談です」
エドワードの誕生日に、サプライズで舞台に上がることを提案され、了承していないのにもかかわらず、どうしてか演技指導をされる俺。
スパルタ稽古は深夜まで続いた……。
「春までいてくれてもいいからな」
「……二人きりが気まずいからって、俺を利用しないでくださいよ~?」
真顔で軽く舌打ちをするユージーンさんは、近寄り難いオーラがある人なんだけど、意外と気さくな性格だ。
そこへ様子を見に来たノエルちゃんが現れて、すぐにスパルタ野郎の顔付きが変わる。
「ユージーンさまっ」と呼ばれただけなのに、めちゃくちゃ嬉しそうに微笑む。
「ノエル、どうしたの?」
「……あの、もう遅いから……」
「ああ。もうこんな時間か……。ごめんね、ノエル。相談に乗っていたら気付かなかったよ」
もう、声がそれはそれは甘くて、俺は砂を吐きそうになった。
俺に厳しく指導していた態度はどこへやら。
柔らかな口調に変わったユージーンさんは、ノエルちゃんの頭を優しく優しく撫でる。
ガラス細工を扱うような手付きだ。
「先に休んでいて。一人で眠れるかい?」
「……はい」
「ごめんね。あたたかくして寝るんだよ」
そう言って、少し躊躇したのちに、ノエルちゃんの額にキスをしたユージーンさん。
小さな背を見送って、憂を帯びた顔でぼんやりしている。
……いや、誰だよ。
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