115 / 137
その後
113
しおりを挟む開放的なテラス席では、『Noel』のおもてなしデザートに目を輝かせている人々で賑わっていた。
その数おおよそ、三百名。
のんびり喫茶のはずだったのに、有難いことにオープン初日から大盛況。
急遽、店先にテーブルセットを用意することになったんだ。
ひとつ、またひとつと席を増やしていくうちに、広大な土地が店舗のようになっていた。
なんだか大勢でピクニックをしているみたいだ。
結局、バートさんとフランツさんだけでなく、ラッセルさんやマシュー先生までお手伝いをしてくれている。
一度は本当の家族の元へ戻った人たちも、もれなく全員ユージーン様に再雇用されていた。
もう居場所がなくなっていたみたいで、居心地が悪かったみたいだ。
みんなが悲しみを乗り越えられるように、僕とユージーン様は、働いてくれる人たちも楽しめるようなお店作りに励んでいる。
そんな僕たちは、現在お客様に見守られて、せっせと調理をしていた。
「はああああ~。素敵だわぁ♡」
「美のコラボレーションね?」
「目の保養だわッ!!」
軽食はユージーン様が担当して、僕がデザート担当だ。
最初は店内で作っていたんだけど、どうしてもユージーン様に会いたいって希望が殺到したんだ。
だから少し時間がかかっても、お客様はイケメンシェフでお腹いっぱいになっている。
僕も負けじとデザートプレートを完成させて、お客様の目の前で氷魔法を使う。
「猫とふれあえるお店って最高ね!! 桃色の猫が可愛すぎるわっ♡」
「しかも氷魔法のサービスだなんて、いくら払ってもいいわ!? わざわざ来た甲斐があったわね」
「俺は猫が苦手だったけど。まさか、看板猫が殲滅姫だったとは思いもしなかったな……」
「実物はあんなに可愛いのか……。妖精だな」
間近で魔法を見た人たちが、ほうっと感嘆の声を上げる。
今までは魔獣を殺すために使っていた魔法が、来てくれたお客様の笑顔に繋がっている。
なんて素晴らしいんだっ!
感動している僕は、にっこりと満面の笑みを浮かべていた。
そんな僕に静かに近寄ったユージーン様は、僕の頭から猫耳を奪い取る。
無表情で去っていたユージーン様が黙々と調理を始めて、僕の目は点になっていた。
「あらやだッ。あのユージーンが嫉妬してるわっ!?」
「激レアな瞬間ねッ!!」
「怒っている顔もステキ……♡」
すみませんと慌てて謝罪する僕だけど、なぜかお客様は大興奮していた。
お会計を済ませたお客様に、お土産の猫の肉球模様のクッキーを渡す僕は、街の中心部までの送迎馬車へお見送りする。
最後までおもてなし精神を忘れない徹底っぷりだ。
「また来るよ」と声をかけてもらい、なぜかテオではなく、僕が看板猫だと勘違いされていて、頭をなでなでされていた。
その日の晩──。
オープンしてから一週間も経たないうちに、ユージーン様は「ふれあい喫茶をやめる」と宣言した。
説得しようとしたのだけど、僕も同感だ。
さすがにユージーン様にふれようとする強者はいないのだけど、もしなでなでされていたら嫌だもの……。
そこまで考えて、僕はハッとした。
腕組みをして、明日の仕込みを放棄しているユージーン様の横顔を、うっとりと眺める。
「そっか。嫉妬、してたんだ……っ。ふふっ、可愛いっ」
「……なにか言った?」
すっと目を細くしたユージーン様は、指先でクイッと僕の顎を掬う。
ドキドキしているのに、僕は口許が緩むのが止められない。
「僕のご主人様は、ユージーン様だけですよ?」
そう言ってにまにましていた僕は、ぐっと眉間に皺を寄せたユージーン様に、噛み付くように口付けられていた。
甘くてゆったりとしたキスにようやく慣れ始めていたばかりの僕は、早々に腰が砕けている。
「っ、はぁ……」
「毛繕いもしようか?」
ちろりと舌舐めずりをしたユージーン様が、口の端を持ち上げる。
久々に見た意地悪な顔にゾクッとしてしまった僕は、半泣きでユージーン様から逃げ回ることになった。
79
お気に入りに追加
3,122
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる