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109 ユージーン
しおりを挟む──そうか。
静かに手を下ろした私は、そう答えるのがやっとだった。
ノエルは、エドワードを選んだのか……。
他の男に横取りされるより、エドワードならまだ許せる。
……いや、無理だ。
やはりあの日、誰の目にも触れさせないようにすべきだった。
違う。
もっと、ずっと前に、そうすべきだった。
エドワードとは、友人として良好な関係を築けていたが、もう優しく出来そうにない。
後悔し続ける私を黙って見ていたエドワードが、悪戯が成功した子供のような顔で笑い始めた。
「ククッ、ようやく仕返しが出来た。俺、演技が格段に上手くなったと思いません?」
「……は?」
「俺がファンの女性と話してるところをこっそり見ていたノエルが、嬉しそうに微笑んでいました。相手の女性が赤ん坊を抱いていたので、たぶん、俺……妻子持ちだと思われたな」
「…………ふふふふっ」
「っ、喜ぶなっ!!」
胸ぐらを掴まれて、ガンガン体を揺さぶられたのだが、勘違いをしたノエルを容易に想像できた私は、腹を抱えて笑っていた。
「っ、無駄にかっこいい顔で笑いすぎっ! こっちはユージーンさんのために、ノエルに声をかけなかったっていうのにっ!」
「……ああ、すまないな」
「いや、急に謝らないでください。冗談に決まってるでしょ? 俺、一緒にいたレオンに言われるまで、ノエルの存在に気付いてなかったんで。ノエルは気配を消すのが上手いんですよ……。ニコラスから、ユージーンさんが元気がないって聞いたから、わざわざ教えに来ただけです」
「…………やはり、いい男だな」
しみじみと呟くと、「貴方もね?」と、すぐに返答したエドワードに肩を抱かれる。
失恋したから、朝まで付き合えと言われる私は、そのままノエルの実家に向かうこととなった。
宿屋には、ノエルとエドワードの両親も集まっており、なぜか宴会が始まった。
どうしてかエドワードの父親に、「ノエル君を頼む」と言われたのだが……。
帰省する度に喧嘩をしていたエドワードと、今は機嫌良く酒を飲んでいたので、私は黙って頷いておいた。
夜更かしをして、大人の仲間入りをしたと喜ぶニコラスが、私の膝の上に飛び乗る。
ノエルに似て可愛いニコラスを愛でていると、私たちに温かい目を向けていたフェルノさんが、酒を注いでくれる。
「ジーンくん、今日は泊まっていきなさい」
「そうよっ。ノエルの部屋を使っていいわ!」
「ええっ!? 僕、ジーンと寝るつもりだったのにぃ~っ!」
「いや、さすがにそれは……」
「いいからいいからっ!」
にこにこと微笑むノエルの両親は、私を本当の息子のように可愛がってくれている。
実の家族を思い出して、少しだけ泣きそうになってしまった。
私の両親は、急に多額の金を持ってしまったせいで、働かなくなり、ギャンブルや酒に溺れた。
弟に送られていた生活費にも手をつけていたようで、そんな両親を見限った弟は、恋人と共に隣国で幸せに暮らしている。
自分があの女の脅しの材料になっていると、気付いたのだろう。
いつか会いに行きたいと思う。
そして、借金まみれの両親が顔を出した時には、ノエルに頼んで水魔法をぶっ放してもらおう。
可愛い顔で「ぶっ放す」と、得意げに告げるノエルを思い出して、私は小さく笑った。
そんな私は、既にノエルの両親が、私に金の無心に来ようとしていた実の両親に、魔法をぶっ放して撃退していたことを、まだ知らない──。
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