109 / 137
107 ユージーン
しおりを挟むぼんやりとしながら畑に水を撒いていると、一台の馬車が走って来るのが見えた。
私がノエルのご両親に全てを打ち明けた時に、謝罪とばかりに、宿屋で使ってほしいと置いてきた馬車だ。
「ジーンっ!!」
「ニコ、また遊びに来てくれたのかい?」
うんっ、と元気に頷いたニコラスは、頻繁に両親と一緒に私に会いに来てくれている。
だが今日は、同い年の女の子を連れてきていた。
恥ずかしそうにニコラスの後ろに隠れる女の子──ステラは、ニコラスの恋人だそうだ。
内気で可愛らしい子の手を引いているニコラスは、まだ十三歳だというのに、私よりやり手な男だった。
「今日は流星群が見れる日だから、ジーンも一緒に見に行かない?」
「私はデートの邪魔じゃないのかい?」
「全然っ! だってジーンは、僕のお義兄さんになるんだもんっ」
決定事項のように話すニコラスに、私は小さく笑みをこぼした。
いくら田舎とはいえ、夜中に子供を二人きりにさせることはできないと思い、私もノエルが育った町の小さな丘に向かうことにした。
一年半ぶりに来た丘は、緑が生い茂っている。
あの時のようにテントを用意していた私は、三人で夜空を見上げる。
私が軽食を用意している間に、ニコラスとステラが肩をくっつけて寄り添い、頬にキスをしていた。
微笑ましい光景を目撃し、私もノエルと過ごした最後の日を思い出していた。
◆
雪も降り始めているため、慎重に足を進める私は、なにか悩んでいる様子のノエルの手を取った。
「暗くて足元がよく見えないから、気をつけて」
「っ……はいっ。でも、僕は雪に慣れているので大丈夫ですよ? ユージーン様こそ、転ばないように気をつけてくださいねっ」
ああ、と返事をした私は、モコモコとした手袋をつける小さな手をしっかりと握った。
ほんのりと頬を赤らめているノエルが足を滑らせて、咄嗟に抱き留める。
慣れていると言いながら、私よりふらついているノエルは、真っ赤な顔で私から離れた。
互いに想いを伝え合ってはいないのだが、恋人同士とはこんな感じなんだろうかと、ふわふわとした気持ちになっている。
ノエルに触れたい。
そう思っているのに、恥ずかしがるノエルを見ていると、私の方までその気持ちが伝染する。
それでも私は、いちいち可愛い反応をするノエルから目を離せない。
だから、ノエルが悩んでいることも知っている。
同じ魔法使いたちから、冒険者を続けないかと誘われていることを……。
今までは、たまに顔を出すくらいだった大型魔獣の討伐に、本格的に参加してほしいとお願いされていた。
押しに弱いノエルが返事を渋ったのは、私のためだと思いたい。
そんなことを考えながら頂上に着いた私は、用意していたテントを張る。
なにもしなくていいと言っているのに、木材を運んだノエルは火をつけてくれていた。
呼吸をするように魔法を使うノエルを見て、妖精のようだと常に思う。
二人でテントに入り、ノエルの気に入った土産の菓子を出す。
輝く桃色の瞳は、ずっと欲していたお菓子ではなく私に向けられていた。
「まだ少し寒い? 風邪を引いたらいけないから、私がノエルを暖めてもいいかな?」
「っ……」
ぼふっと顔から火が出そうなくらいに真っ赤になったノエルが、小さく頷く。
可愛すぎて押し倒したくなるのだが、今は大切な話をしなければならない。
ノエルの顔を見てしまえば、私の心は揺らいでしまうため、背後からそっと抱き寄せた。
「ノエルを雇いたかったんだけど、私の店はまだ完成していないんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。だからノエルは、広い世界を見に行っておいで」
「っ……」
小さく体を反応させたノエルが、ゆっくりと振り返る。
大きな瞳を揺らすノエルが、なんで、どうして、って顔で私を見上げている。
手袋を外してすべすべの肌に触れた私は、愛おしい人の顔を引き寄せた。
84
お気に入りに追加
3,156
あなたにおすすめの小説

【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》

初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる