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 「ノエルが恋をした人は、とても素敵な人だったね」


 念願の魔法列車に乗ったというのに、しばらくぼんやりとしていた僕は、ユージーン様の柔らかな声に、こくこくと何度も頷いていた。

 僕たちのために、ヴァイオレット様を引き留めてくれたエドワードは、今まで見て来た中で一番かっこよかった。
 王子様役を演じたエドワードより、ずっとずっとかっこよかったんだ……。

 広い海のような瞳からは、今でも僕を大好きだって気持ちが伝わって来た。
 だってニカって笑ってるのに、ちょっと突いたら涙が零れ落ちそうなくらいに瞳が潤んでいたんだ。


 それでもエドワードは、泣かなかった──。
 

 僕と離れて、すごく強くなったエドワードは、もう僕がいなくても立派にやっていけると思う。
 寂しい想いをしてばかりだったし、ついさっきまでは、エドワードとの恋は疲れたって思っていた。


 ……でも僕は、エドワードに恋をして、本当によかったと思った。


 涙を拭った僕は、心配してくれる使用人のみんなに笑顔を向ける。

 僕がこの旅に参加しようと決めたのは、みんなとのお別れの場でもあるからだ。
 ユージーン様がヴァイオレット様から離れることを決意し、王都から遠い地で過ごす予定なんだ。
 だから、ユージーン様を見守っていた人たちも、今後は別の道を歩むことになる。
 家族の元へ戻る人もいれば、肉親がいないからと、ユージーン様の近くに居続ける人もいる。
 
 
 療養期間に、僕によくしてくれた人たちへの恩返しになるかはわからないけど、みんなで集まる最後の時だから、いっぱい思い出を作りたいと思う。


 ちらりと隣を見た僕は、ユージーン様の頭に乗っている帽子を外して、乱れた金髪を手櫛で梳かしてあげる。


 「後悔していますか……?」
 「いや、まったく。これであの女も、私はなんでも言うことを聞くユージーンではないとわかったはずだよ。ただ……」
 「エディーはかっこよかったですね!!」


 その先を言わせないようにすれば、ぎこちなく笑ったユージーン様が「ああ」と返事をする。
 その声色は、僕に心から同調していた。


 「まさか、あのエドワードに助けられるとは思わなかった。口先だけの男だと言ったことを、謝罪しなければいけないね」
 「っ、そんなことを言っていたんですか?」
 「……つい、口を滑らせてしまった」


 わざとらしく口許を手で隠したユージーン様は、僕の顔色を窺っていた。
 でも単なる悪口じゃなくて、きっと僕のためを想って言ってくれたのだと思うから、次にエドワードに会った時は、一緒に謝ろうと話した。


 「でも、安心したよ。エドワードはいい男に成長している。いつかは、私を越える俳優になれるだろう。今後私は、忘れられる存在だけど──」
 「そんなことありません。僕がずーっと覚えています」
 「…………ノエル」


 感動したような、とっても甘い声で僕の名前を囁くユージーン様。
 ヴァイオレット様のおかげで、僕はユージーン様を意識してしまっているから、いつもなら笑顔を向けられるのに、そわそわしてしまう。


 「っ、本当に困った人でしたね……」
 「ふふっ、急にどうしたの? ノエル。あの人が困った人なのは、今更じゃないかい?」


 キラキラと瞳を輝かせているユージーン様が、僕の顔を覗き込んでくる。
 僕がモコモコの帽子を引っ張って目元を隠すと、小さな笑い声が聞こえた。


 「はぁ……可愛すぎて困ってしまうね」


 僕の頭を優しく撫でたユージーン様は、いつのまにか車内販売していたお菓子を、全種類購入していた。
 ここでしか食べられない特別なものばかりで、帽子を脱ぎ捨てた僕の目は釘付けだ。


 「ノエル、お誕生日おめでとう」
 「っ……ユージーン様、ありがとうございますっ!!」


 今年も一番に僕の誕生日をお祝いしてくれたユージーン様の笑顔を、僕は一生忘れない──。
 








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