尽くすことに疲れた結果

ぽんちゃん

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 ユージーンさんが被っている猫耳帽子が気になったようで、どんな時も表情を崩すことのないヴァイオレット様の頬が引き攣っていた。
 何年もかけて自分の好む男に育て上げたのに、今のユージーンさんは、ノエル色に染められている。


 「ユージーン……。初めての一人旅、楽しんで。辛くなったら、いつでも帰って来ていいのよ」


 現実を受け止められなかったのか、しばし呆然としていたヴァイオレット様は、ノエルをいないものとして扱うことにしたようだ。

 別れの抱擁をしようと近付くが、ユージーンさんはノエルを守るように抱き寄せており、椅子から立つ気配はない。
 悲しげに目を伏せる彼女は、二人の背後にいる人々に、憎悪の目を向けられていることに全く気付いていなかった。
 彼女の漆黒色の瞳には、ユージーンさんしか見えていない。

 俺が言えることじゃないが、そんな態度だから、愛する人に嫌悪されるんだ。


 「貴方の愚かな行いを見ているだけで、胸が苦しくなるわ……」


 そう言って、胸元から錠剤を取り出した瞬間を目撃した俺は、もしかしたらと予期していた光景に息を呑んだ。
 劇薬を飲んで命を絶ち、ユージーンさんの気を引こうとしているらしい。
 そこまでするかと、俺は背筋が凍っていた。


 「貴方が、私から離れるのなら……一生忘れられないようにしてあげるっ」


 涙をこぼしながら、錠剤を口にしようとしたヴァイオレット様を見たユージーンさんが、すっと立ち上がった。


 「チッ、これ以上他人に迷惑をかけるな」


 クソババア、と吐き捨てたユージーンさんに、ヴァイオレット様が目を見開く。
 驚愕している彼女の華奢な体は、ガタガタと震えていた。
 ハッとした俺は、急いでポケットからエリクサーを取り出し、手を上げる。
 怒るエメラルドグリーンの瞳に見えるように手を振れば、キラキラと輝く小瓶に、集まっていた人たちの目が釘付けになった。


 「ここは俺に任せてください」
 「っ、」
 「その代わり、ノエルをよろしくお願いします。まあ、俺なんかに言われなくても大丈夫だとは思いますけど」
 「…………エドワード」


 戯けたように肩を竦めると、言葉を失っていたユージーンさんが、初めて俺の名前を呼んでくれた。
 ちょっとだけ嬉しいと思ってしまったことは、今は内緒にしておく。
 そんな俺の元に駆け寄ろうとするノエルを見つめて、来るなと訴える。


 「これは俺が貰っておくぞ、ノエル」
 「エディー……っ」
 「今度こそ楽しんで来いよ。俺は、次の舞台に向けて、誰かさんが抜けたデカい穴を埋めないといけないんだ」


 返事をせずに、泣きそうになっているノエルを今すぐ抱きしめたい。
 その気持ちを必死に堪える俺は、早く行けよと笑いかけた。


 その場に立ち尽くすノエルが使用人たちに付き添われて、全員魔法列車に乗り込んだことを確認した俺は、ようやく安堵の息を吐いた。


 「あの子は、ユージーンじゃないわっ! だって私の可愛いあの子は、舌打ちなんてしないものっ」
 「そうですね」
 「クソババアだなんてっ。あんな汚い言葉をどこで覚えて来たのかしら……? あの忌々しい魔法使いの影響……いえ、きっと私の気のせいね。やっぱり別人だったのよ」
 「ええ、そうだと思います」
 「ユージーンはどこかしら?」


 完全に壊れた人は、虚な目でユージーンと呼び続けている。
 ノエルを侮辱した時は、引っ叩いてやろうと思っていたが、忘れてくれた方が都合がいい。



 今年も魔法列車に乗らないことを選択した俺は、最後にノエルにかっこいいところを見せることができた。

 だって泣きじゃくるノエルが、列車の窓から顔を出して、俺だけを見てくれているんだから──。


 「約束……、守れなくてごめんな」


 笑顔で手を振る俺は、去年ノエルが味わった、胸が張り裂けるような気持ちを、ようやく思い知った──。











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