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 ノエルの小さな唇から、『エディー』と呼ばれると、俺の世界にはノエルしか居なくなる。
 謝りたいことが山程あるが、今はノエルを守ることが優先だ。
 それでも、ぽろりと愚痴をこぼしてしまう。


 「なんでこんな時に、あの人がいないんだよ」
 「……私のことか?」


 俺の背後から聞こえて来た声に驚いて振り返ると、エメラルドグリーンの瞳に見下ろされていた。
 両手にホットココア持つ人は、笑顔でノエルにそれを手渡す。
 普段は珈琲を好むユージーンさんは、ホットココアなんて似合わない。

 しかももっと驚いたのは、元看板俳優の頭に猫耳がついている。
 居合わせた人々に『可愛いっ♡』と言われて、微笑ましい目を向けられているのに、まったく動じていない。

 ノエルとお揃いのパステルグリーンの猫耳帽子を被っている人は……、一体誰なんだ。

 俺の知っているユージーンさんは、プライドが高くてこんなことをするような人じゃない。
 ……ノエルを喜ばせるためだけに、生きている。
 またしても敗北した気分を味わわされて、怒りに震える俺は拳を握りしめる。


 「っ、なんでいるんですか!」
 「なんでと言われても……。一緒に行かないかと誘っただろう?」
 「…………は?」


 きょとんとしているノエルの背後を見れば、ユージーンさんの邸にいた使用人たちが、全員集合していた。
 みんなで魔法列車に乗る予定だったらしく、俺はノエルの隣の席を用意されていたらしい。
 それならそうと最初から言えよ! と文句を垂れるが、ユージーンさんが性悪男だということを完全に忘れていた俺の負けだった。


 「あの女が来ると思って、来てくれたんだろう? イグニスから聞いている」
 「っ、踊らされただけかよっ」
 「ふふっ。……だが、荷物を持っていないところを見ると、お前も少しは成長したらしい。そのことをノエルに知ってもらいたかったんだ」


 スキンヘッドの男にも帽子を被せて、お喋りを楽しむノエルを見つめるユージーンさんは、「そろそろだな」と告げて、ノエルの隣に腰掛けた。
 なにやらパンフレットらしきものを出して、ノエルに見せている。
 ぱあっと笑顔になったノエルは、身を乗り出す勢いで読み始め、会話を弾ませていた。


 年に一度の旅行の日で、ノエルの誕生日。

 俺は、どんなことがあってもノエルを優先すべき日に、ノエルをひとりぼっちにしたんだな……。

 ノエルに寄り添う人を見つめ、俺もあんな風にしたらよかったんだろうなと、今更だけど反省する。

 悔しいけど、お似合いだと思った──。


 「あら、あなたも見送りに来ていたの?」


 俺の背後から聞こえた柔らかな声に、ゆっくりと振り返る。
 和やかな空気をぶち壊そうとする黒髪の人を見つめて、俺は笑顔を作った。
 ヴァイオレット様に近付き、さりげなく鞄を奪い取る。
 

 「ヴァイオレット様。持ちますよ」
 「大丈夫よ、これは私が……」
 「レディーに荷物を持たせてはいけないと。そう教えてくれたのは、ヴァイオレット様ですよ?」
 「……そうね」


 普段より濃い化粧をしているヴァイオレット様の腰に手を回し、捕縛する。
 いつもより大きめのバッグには、一体なにを忍ばせているんだろうな?
 本当に世話が焼ける人だと思う。

 ユージーンさんたちにとっては悪人かもしれないけど、俺はヴァイオレット様には本当によくしてもらったんだ。
 愛する人を失って、壊れていく哀れな人を見守ろうと思う。

 ──ノエルの旅立ちを邪魔させないために。

 そして、ユージーンさんにも教えてやる。
 彼の境遇を知った俺は、心からユージーンさんのことを助けたいと思ったんだ。
 口先だけの男だと思われているが、今日は行動でも示す。
 ノエルをとびっきりの笑顔にしてくれるあの人を、俺も救うんだ。










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