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しおりを挟む──舞台の最終日まで、あと三日に迫った頃。
本日も無事に任務を終えて、イグニスさんたちと冒険者ギルドに向かおうとしていた僕の前に、黒髪の美女が立ちはだかった。
「ノエルくんよね? ちょっとお話がしたいのだけど、いいかしら?」
魔法使い相手に、暗殺者を用意しても意味がないと判断したのか、ラスボスが僕との対話を望んでいた──。
ユージーン様のお母様に対して、ラスボスなんて言っては失礼かもしれないけど……。
僕の中では、特級の大型魔獣である。
サイモンさんが「やっちゃう?」って、軽い口調で風魔法をぶっ放そうとしているけど、僕はそれを制した。
二人きりで話がしたいと言われたのだけど、イグニスさんたちは猛反対。
それなら冒険者ギルドに来てほしいと頼めば、あっさりと了承した。
むしろ、最初からそのつもりだったのかもしれない。
僕を心配したギルド長のクラウドさんも駆けつけてくれ、部屋を用意してくれた。
どちらかと言えばむさ苦しいギルドで、淡い緑色のドレスを身に纏うヴァイオレット様は、かなり浮いている……。
それでも優雅に歩く彼女は、常に微笑みを絶やさない。
部屋に案内し、先にソファーに座ってもらう。
僕は、入り口に近い方の椅子に腰掛けて、姿勢を正した。
なにかあった時にすぐに突入出来るようにしているのか、部屋の前には大勢の人の気配がする。
でも僕は、どんなことがあっても大丈夫。
そう強く自分に言い聞かせ、お守りのエリクサーを握りしめていた。
出された紅茶の毒味もせずに、平然と口にしたヴァイオレット様。
少し吊り上がる目元は、強そうな女性に見えるけど、どこか儚げな感じもするし、気品がある。
彼女を観察していると、ふうっと小さく息を吐いたヴァイオレット様は、悲しげに目を伏せた。
「私から、息子を奪わないでほしいの……っ」
声を震わせ、ほろほろと涙を流したヴァイオレット様は、ユージーン様並みの役者だった──。
僕が口を開こうとしたけど、彼女が身の上話を始めた。
最愛の夫に先立たれ、たった一人の息子も病でこの世を去り、生きる希望を失った。
息子に似ている男の子を見かける度に、胸が締め付けられる想いだったけれど、数年後に養子を迎える決意をした。
でも養子を迎えるのなら、息子に似た子がいいと思ったそうだ。
最初は親のいない子を養子にしていたけれど、気付けば貧民街まで足を向けて、息子を探すようになったらしい。
その時から自分がおかしくなっていることに、薄々気付いていたのだけど、養子に迎えた子供たちが彼女に寄り添ってくれたそうだ。
止めてくれる人が、誰もいなかったのだと思う。
そしてついに、息子にそっくりのユージーン様と出逢った。
ユージーン様を養子に迎えて、ようやく心が満たされたらしい。
それでも彼女は、ユージーン様が息子のように病で天に召されるかもしれないと恐れて、息子を探すことをやめられなかったそうだ。
ここまで話を聞いた僕は、なんとも言えない感情になっていた。
僕は、愛する夫もいなければ、腹を痛めて産んだ子供もいない。
彼女の気持ちをわかってあげることは、一生できないのだろうけど、やっぱり養子になった子供たちが可哀想に思えた。
現にユージーン様や、彼の邸で働いている人たちは、みんな辛い思いをしていたのだから……。
「あの子を失うことになるのなら、私はもう死ぬしかないわ……」
絶望するような表情を浮かべたヴァイオレット様は、まだ本心を語っていない。
そのことを見抜いていた僕は、漆黒色の瞳を真っ直ぐに見つめていた。
すると、今まで涙を見せていたヴァイオレット様が、急にコロコロと笑い出した。
「ふふっ、エドの情報はあてにならないわね?」
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