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 ──待ちに待った舞台初日。

 劇団の看板俳優が引退する舞台ということもあって、劇場は多くの人で溢れかえっていた。
 外は冷え込んでいるのだけど、会場内は観に来たお客さんの熱気で暑いくらいだ。

 広い劇場の舞台が間近で見られるボックス席に招待されていた僕の家族は、興奮を抑えきれない。
 隣のボックス席にはエドワードの両親が座っており、今か今かと息子の登場を待ち侘びている。
 当初、二人は舞台俳優になる夢を大反対していたけれど、やっぱり愛する息子の成長を楽しみにしていたのだと思う。



 いつもの舞台は、だいたいがありきたりなラブストーリー。
 それでもユージーン様が王子様を演じれば、お客さんは大満足で帰っていく。

 でも今回は、ちょっと変わった物語。
 主役は王子様ではなく、平民なんだ。

 底辺にいる平民の主人公が、お忍びで市井に遊びに来ていた王女様と運命の出会いを果たす。
 王女様には、生まれた時から決められた婚約者がいて、その人が主人公のライバルだ。
 あらゆる困難を乗り越えて、王女様との身分差の恋を実らせる物語。
 現実では、天地がひっくり返っても平民が国王になることはないから、夢のような大逆転劇だ。


 そして、配役は一切公表されていない。


 看板俳優が引退する舞台なのだから、ユージーン様が主役だと思っている人がほとんどだと思う。
 でも中には、主役はエドワードじゃないかと話している人もけっこういたんだ。
 多分、ヴァイオレット様の存在を知っている人たちだと思う。
 どんな噂が流れていたとしても、みんなで配役を決めたんだ。
 みんな、納得のいく結果になったのだと思う。

 舞台に上がるわけでもないのに緊張がピークに達している僕は、席にも着かずにうろうろしていた。




 劇場内が暗くなり、幕が上がる。




 ギリギリまでお喋りをしていた大勢の観客が、息を呑む。

 舞台の中心でスポットライトに照らされていたのは、ぼろ切れを身に纏う……銀髪の青年だった。


 「っ……エディー」
 

 静まり返っていた会場が、途端にざわつき始める。
 それでもエドワードが言葉を発すると、ピタリと声が止む。

 そして僕は今更気付いた。
 王都に来て、初めてエドワードが舞台で演技をしている姿をみたことに──。

 僕は観に行きたかったのだけど、エドワードは主役じゃないからと、いつも嫌がっていた。
 でも本当は、僕はエドワードが王子様じゃなくても、活躍する姿を見たかったんだ……。

 その時から既に、僕たちはすれ違っていたんだなって思った。
 ちょっと頑固なところがあるエドワードに合わせてばかりで、僕は自分の意見を口にすることを最初から諦めていたのかもしれない。

 でも、やり直したいと望んだエドワードと過ごした日々の中で、僕なりに本心を伝えて来た。
 母親みたいに怒ってばかりだって、悪口を言われるくらいに……。
 だけど、結果は同じだった。

 あの時の言葉は、きっと後援者を納得させるための演技だったのだと思う。
 でも、本心でもあったと僕は思っている。


 念願だった主役の舞台を観られたのに、僕は今までの二人の日常が走馬灯のように蘇って来ていた。
 どんなに努力をしたところで、僕たちは合わなかったのだと思う……。


 まさか二人の夢が叶った瞬間に、僕の長い恋が本当の終わりを迎えたのだと実感させられることになるとは、思ってもみなかった。


 それでも僕は、エドワードに感謝している。


 「僕の夢を叶えてくれて、ありがとう……」


 まだ序盤で涙が溢れていた僕の呟きは、ライバル役として現れたユージーン様への歓声に飲み込まれていた──。








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