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 エドワードが僕の悪口を言いながら、後援者の男の子と笑い合っている。

 ──虫唾が走る。

 演技だったとしても、言っていいことと悪いことがある。
 劇団の人たちからすると、仲の良い僕たちを揶揄う言葉かもしれないけど、今はまだ恋人であるエドワードが言っていい言葉じゃない。

 ユージーン様の話を聞いた後だったからか、怒りの感情をどうにも抑えられない。
 ガタガタと震える僕の全身からは、たぶん湯気が出ている。


 ふうっと深く息を吐くけど、僕の魔力が暴走しているのか、パーティー会場が揺れだした。


 「きゃあっ!! なに、地震っ!?」


 小さな揺れなのに、大袈裟に怯える後援者の美青年が、エドワードに飛びつく。
 そんな彼を、守るように抱きしめたエドワード。

 状況を把握しようとしているのか、周囲を見回した青色の瞳が、僕を発見して止まった。

 激しく揺れている青色の瞳を、僕は無表情で眺めていた。

 そんな僕に恐怖を抱いたのか、エドワードは「ち、違うんだっ!」とか、なんとか、言い訳をしようとしている。
 あまりに必死だから、怒っていたのが馬鹿らしくなった僕は、おかげさまで体の力が抜けていた。


 揺れは収まったけど、エドワードが叫ぶように言い訳をしている声が響いた。
 なんだなんだと、僕たちの周りに参加者が集まって来る。

 恋人の前で、後援者を抱き締めているエドワードを、みんなが驚愕した顔で見つめている。
 雷にでも打たれたんじゃないか? って表情だ。
 そしてその視線が、ゆっくりと僕に集まり、みんなが息を呑んだ。

 いつもへらへらしている僕が、今は笑みを消しているからだと思う。
 魔法も使っていないのに、会場内は氷点下。
 ピリピリとした空気が流れている……。


 「あっ、あの子……! 『殲滅姫せんめつひめ』じゃないっ!? こんなところで会えるだなんてっ!」


 明らかに場違いの声が、響く。

 瞳をキラキラとさせている見知らぬ人たちが、興奮したように僕を指差していた。
 その声に反応したエドワードは、壊れたおもちゃのようにぎこちない動きで視線を向けた。


 「殲滅姫……?」
 「あら、あなた知らないの? 有名な冒険者じゃないのっ!!」
 「凶暴な魔獣もあっという間に凍らせて、一匹残らず始末するのよ? だから殲滅姫っ!」
 「こんなに近くにいるのに、殲滅姫を知らない人がいたのね?! 田舎者の私たちですら知ってるわよっ!!」
 「桃色の髪だって聞いていたけど、本物の殲滅姫は、男の子だったんだ……。しかも可愛いっ♡」
 「もお~!! あの人ったら、知ってたくせに内緒にしていたのね?」


 なにやら盛り上がっている集団を、エドワードが驚いた顔で見ている。


 「なんだよ、それっ。なあ、どういうことだ? 蟻も殺せないノエルが、冒険者だなんて……っ。そんなこと、ありえないよな?!」


 そうだと言ってくれと言わんばかりに、なぜか怒りの感情をあらわにしているエドワードは、小さく笑みをこぼす美青年を抱きしめ続けていた。

 ずっと王子様だと思っていたその端正な顔は、今では憎い悪役にしか見えなかった。
 
 そして僕は、腹が捩れるくらい笑っていた。

 
 「あははははっ、ああ~、おもしろい」
 「っ……ノエルっ」
 「もう、する時が来たんだね」


 笑いすぎて泣いていた僕は、大好きだった恋人に別れの言葉を告げていた。

 絶句するエドワードに、僕は笑いかける。


 「僕の一番大切なだったけど……。もう、僕がいなくても平気みたいで安心したよ」


 稽古が辛い、人間関係が大変だと愚痴をこぼす恋人を励まし、慰め続けてきた僕の口から吐き出された言葉は、嫌味ったらしいものだった。





















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