上 下
77 / 137

76

しおりを挟む

 これまでユージーン様が、主役以外を演じた舞台は一度もない。
 そんな看板俳優が引退する舞台で、ユージーン様が主役じゃないだなんて、僕は寝耳に水だった。
 周りに人がいても構わずに、僕は困ったように顔を見合わせる先輩たちに、詳しい話を聞こうと必死だった。

 念願だったエドワードが主役を務める舞台は、もちろん見たい。
 でも、それがユージーン様の最後の舞台になるだなんて絶対に嫌だ。
 しかも、ユージーン様が悪役だなんて……。


 「私が話すよ」
 「っ……カーター様」


 泣きそうになっている僕の背に声をかけたのは、劇団を仕切っているカーター様だった。
 取り乱していた僕の頭をわしゃわしゃと撫でたカーター様に連れられて、僕は無言で別室へ向かった。

 人払いをした部屋のソファーに腰掛けたカーター様は、酷く落ち着いている。
 昔からユージーン様と仲が良かった人だから、僕は余計に混乱していた。
 ソファーに座りもせずに、怪訝な顔をする僕に苦笑いを浮かべたカーター様。
 話をしようと優しい声で促されて、僕は重い足を引き摺って、対面のソファーに腰掛けた。


 「私の力不足で、こんなことになってしまって、心から申し訳ないと思っている。特に、今まで引っ張ってくれたユージーンには……」
 「……力不足?」
 「ああ。ノエルくんは、ユージーンの母親のことは知っているのかな?」
 「はい」
 「そうか……。話せる相手が出来たんだな」


 そうかそうかと頷いたカーター様の声色は、すごく嬉しそうだったけど、なんとも言えない表情を浮かべていた。


 「私とユージーンの母親……ヴァイオレットは、昔からの友人なんだ。というより、彼女の亡くなった夫と友人だった。だからだろう。私の劇団の経営が苦しい時に、ずっと支えてくれていたんだ。ユージーンが引退したとしても、彼女は今後も私たちを支援してくれるだろう」


 そこまで話を聞いて、僕は全てを悟った。
 ユージーン様のお母様が、愛する息子の花道を台無しにしようとしていることに……。


 「最後の舞台では、もちろんユージーンを主役にするつもりだったよ。でも、彼の母親が異議を申し立ててね……」
 「圧力をかけられたんですね」
 「…………そうなるね。でも私は、引退するからと言って、ユージーンを切り捨てたわけじゃないよ? だから、みんなに託すことにしたんだ」


 そう言って口許を緩めたカーター様は、最善を尽くしたのだと思う。
 最後の舞台でユージーン様が主役の座を掴める可能性を、少しでも残したかったのだと思った。


 「誰が主役になるのかを、劇団の全員が判断する。ユージーンは孤高の存在だったが、カリスマ性がある。みんなの憧れだったことには違いない」
 「……そうですね」
 「あの子はどんな役でもこなすことができるが、今までは単にやらされているだけだった。でも今は、本気で舞台俳優の仕事と向き合っているんだ。ユージーンのあんな姿が見られるだなんて、思ってもいなかったよ……」


 しみじみと呟いたカーター様が、ユージーン様を大切に思っていることが、僕にも痛いくらいに伝わって来ていた。
 一人で稽古をするユージーン様の姿を思い出す僕は、いろんな感情が湧き上がってきて、胸が熱くなっていく……。


 「きっと、彼の初めて出来た大切な人に、最高の舞台を観てもらいたいんだろうね?」
 「…………っ、」


 夜空のような穏やかな色の瞳は、まっすぐに……僕を見つめていた。











しおりを挟む
感想 190

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

処理中です...