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 エドワードはなにも変わっていない。
 ただ、療養したことで、心に余裕を持つことが出来た僕の考え方が変わったんだ。

 僕がこのまま去ってしまうと、きっとエドワードは廃人と化してしまう。
 せっかくもう少しで主役の座を射止められるかもしれないのに、僕のせいでチャンスを棒に振るようなことはして欲しくない。
 四年間、必死に頑張って来たエドワードには、必ず夢を叶えて欲しいんだ。

 だから僕は、エドワードの提案を受け入れることにした。
 僕が少しでも嫌だなって思ったら、その都度エドワードに伝えることになった。
 それでエドワードが、変わろうと努力するところを見せる。
 その後のことは、主役の舞台に立った姿を見てから決めて欲しいと懇願された。



 そしてエドワードが稽古に向かい、僕は家でまったり過ごす。
 後援者とは会わないから、ご飯を作って帰りを待っていてほしいと言われたのだけど……。


 「食材がなにもないのに、どうやってご飯を作ればいいのかな……?」


 ガックリと項垂れる僕は、買い出しに行くことにした。
 そして、なぜか玄関の鍵が二つ増えていることに気付いた。
 エドワードは僕が逃げ出すかもしれないと思って、僕を閉じ込めようとしているのかな?


 「僕は、悲劇のヒロインじゃないんだよ」


 実は、誰かに言われた言葉を気にしていたりする僕は、魔法で鍵を難なく開ける。
 久々に市場に買い物に行って、偶然大家のジナさんにも会った。
 僕と会えたことをすごく喜んでくれたジナさんは、右足が悪いんだ。
 だから家賃の支払いの時は、いつも僕がジナさんの家に出向いていたのだけど、エドワードは知らなかったみたい。
 来月は僕が支払いに来てくれると嬉しいと言われたのだけど、僕はなにも答えられなかった。


 「もしかして、別れるつもりなのかい?」
 「…………」
 「ノエルちゃんが選んだ道なら、あたしゃ応援するよ。でも、たまには顔を見せておくれ。ノエルちゃんのことは、本当の孫のように思っているからね?」
 「っ、ジナさんっ。ありがとうございますっ!」


 目尻の皺をくしゃっとさせて笑ったジナさんと、僕は熱い抱擁を交わした。
 王都には頼れる人がいないと思っていたけど、実は僕を見守ってくれる人がいたんだ……。
 胸がほっこりとして、笑顔でジナさんと別れた僕は、やっぱりユージーン様のことを思い出してしまう。


 「最初から、頼れる人は一人いたのにね……」


 両親から、他人に迷惑をかけてはいけないと教えられて育った僕は、誰にも頼れないと思い込んでいたみたいだ。
 僕は、すごく狭い世界で生きて来たように思う。
 今僕の背中に羽があったなら、大空に羽ばたきたい……。
 晴々とした気持ちになった僕は、たくさん買い物をして帰宅することにした。

 
 
 時間があるから何品も料理を作って待っていると、夕方にはエドワードが帰って来た。
 汗を掻いているから、走って帰って来たみたい。
 今までとはまるで違うエドワードは、ご主人様が大好きな子犬みたいで、くすりと笑ってしまった。


 「なに笑ってんだよ、こっちは全力疾走して来たんだからな?」
 「ごめんごめん。ご飯出来てるよ」
 「っ、久々にノエルの飯が食えるっ!」


 ヒャッホーと言いそうな勢いのエドワードが、パパッと湯浴みを済ませて戻って来る。
 そしてご飯をがっついて、うまいうまいって言いながら……泣いていた。


 「泣くほどのことじゃないでしょう? 品数は多いけど、いつもと同じメニューだよ?」
 「っ……ごめんな。俺、きっと当たり前だと思っていたんだと思う……」


 今度はしゅんとし始めたエドワード。
 空気を変えたくて、大家のジナさんのことを話したら、今まで大忙しだったエドワードの表情が抜け落ちた。


 ……やっぱり僕を監禁したかったみたいだ。














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