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しおりを挟む「みなさん、大変お世話になりました……。このご恩は、一生忘れませんっ」
深々と頭を下げたノエル君の隣には、彼を傷付けた相手が立っている。
本来ならそこに立っているはずのお方は、今はノエル君の門出を祝うような微笑みを浮かべていた。
精一杯の強がりなのか、想い人に格好悪い姿を見せたくないからなのかはわからない。
それでも、ユージーン様は胸が張り裂けそうな想いをしていることだけは、長年一緒にいた俺には伝わって来ていた。
「いつでも遊びに来ていいからね」
「っ、ありがとうございます」
「私はもう少しお休みする予定だし、ノエルがいないとみんなも暇を持て余すだろうしね?」
エメラルドグリーンの瞳が俺たちに向けられて、俺は激しく頷いていた。
使用人たちは、二人のために必死に涙を堪えているっていうのに、俺の隣にいるフランツの鼻を啜る音がうるさい。
大きな瞳にじわりと涙を浮かべたノエル君が、慌てて俺たちに背を向ける。
……もう、会いに来る気はないのかもしれない。
青白い顔で来た時よりも、何倍も元気になったノエル君の背に、俺は我慢ならず声を掛けていた。
「テオも、待ってるからな!!」
ハッと振り返ったノエル君は、蕾が綻ぶように笑って頷いていた。
その表情に見惚れている様子のユージーン様は、いつまでもノエル君の背を眺めていた。
小さな背が見えなくなっても、その場に居続けるユージーン様が、ゆっくりと目を伏せる。
もう想いを伝えることの叶わない愛する人の姿を、己の目に焼き付けているように見えた。
どうして止めないのかと聞きたかった俺たちは、誰もユージーン様に声を掛けることが出来なかった……。
◆
人々に囲まれて疲労するユージーン様は、静かな空間を好むお方だった。
それがここ最近では、俺たちがうるさく騒いでも微笑ましく見守ってくれていたんだ。
でも今は、かつてのように部屋に閉じこもっている。
俺が手付かずの食事を下げていると、ユージーン様を心配する使用人たちが集まって来る。
「どうだった?」
「ここ三日は、ほとんど食事に手をつけていないが……。生存確認はして来た」
ユージーン様が好む食材を使用した、冷め切った料理を見下ろす俺たちは、深い溜息をこぼした。
ノエル君がいなくなっただけで、屋敷はもぬけの殻になったかのように静まり返っている。
三ヶ月前まではこの静けさが当たり前だったのに、今は無性に寂しくて仕方がない。
おふざけで被った桃色のウィッグを手にして、ノエル君とのことを思い出す。
ぼんやりしている俺の肩に、手が乗せられる。
「お前にノエル君の代わりは無理だ。下手したら殺されるぞ」
肩に乗せている手の力をぐっと込めて、真剣な顔で語ってくるフランツは、優男なんだが相変わらず馬鹿だった……。
俺は一番長くあのおぞましい屋敷にいたが、反抗的な態度を取っていたおかげで、あの女とは距離を置くことが出来ていた。
最後は自慢の金髪を剃ってまで逃げ出したんだ。
そんな俺が、あの女に汚染されているわけがないだろうと、フランツの頭に手刀を食らわせる。
「俺が、あのクソ女の真似をするとでも?」
「っ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくてっ! ごめん。ただ、お前が心配だったから……」
「ククッ。わかってるよ」
フランツのおかげで小さく笑えた俺は、ユージーン様のために、今日も料理を作る。
厨房に足を踏み入れたことのなかったユージーン様が、ノエル君に教わりながら、見様見真似で料理をしていた時のことを思い出した。
「ユージーン様は、基本的になんでも器用にこなせるのに、ノエル君のことに関してだけは不器用だよな……」
なにげないフランツの呟きに、俺は閃いた。
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