100回目の口付けを

ぽんちゃん

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24 重罪人 ユーリ

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 そして、ヴィヴィアンとの朗読会当日。

 はやる気持ちを抑えることが出来なくて、朗読会を始める前に、ナポレオンの婚約者になったと嘘をついた。

 絶句したヴィヴィアンの大きな瞳から、ぽろぽろと止めどなく涙が零れ落ちる。

 悲しませて申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、大丈夫。俺もヴィヴィアンが大好きだから。

「ヴィーの今の気持ちを聞かせて? この涙は、何を意味しているの?」

 涙を拭いながら、殊更優しく告げて、早く好きだと言ってくれと願う。

「っ…………嫌い、ユーリなんて大っ嫌い!」

 俺よりも身体の小さなヴィヴィアンに突き飛ばされ、力は全然強くなかったけど、想定外の言葉にその場で尻餅をついて暫く動けなかった。

 泣き叫んだヴィヴィアンの大きな声を聞いたのは、そのときが初めてだった。

「…………な、んでっ、」

 小説では、ヒロインが「他の人のところに行かないで」と主人公に告げて、好きだと告白し、二人は結ばれる。

 ハッピーエンドになるはずだった。

 だが今はそんなことを考えている場合じゃない。
 とにかくヴィヴィアンを追いかけないと。

 身体の弱いあの子が走った姿を初めて見た俺は、全力で追いかけた。

 庭園の隅までフラフラになって歩いていた白銀の髪の美少年に追いつきそうになったとき。


 ――目の前で、大好きな子が倒れた。


 慌ててヴィヴィアンを抱きしめると、綺麗な頬にはたくさんの涙の痕が。

 呼吸はしているが、心拍数が尋常じゃなく速い。
 横抱きにして城に駆ける俺は、泣きながら叫んでいた。

「だれがっ、だれがっ! ゔぃーが、ゔぃーがっ! いしゃ、いしゃを! よんでぐれっ!」

 俺の尋常じゃない様子に、使用人達がバタバタと動き出して、すぐにヴィヴィアンを部屋に連れて行き、医者を手配してもらった。

「ゔぃー、ゔぃー、ごめっ、ごめんっ、死なないでくれっ、」
 
 情けなく泣き叫んで、寝ているヴィヴィアンにしがみつく俺は、治療の邪魔でしか無いからと、何人もの使用人達に手足を押さえつけられて、部屋からつまみ出された。

 目の前でバタンと扉を閉められて、その場で崩れ落ちた俺は、膝をついて咽び泣いた。
 もう、なりふりかまっていられなかった。

 ヴィヴィアンを……。世界で一番大好きな、目に入れても痛くないほど大切な大切な俺の宝物を……傷つけてしまった。


 それからのことは、ほとんど記憶にない。

 
 あんなに仲良くしてくれた友人達と一言も話すことなく学園を卒業し、本物の氷の王子様になった。

 いや、もう王子様でもなんでもない。
 天使を傷つけた重罪人。

 騎士団に入隊しても、常に無表情で淡々と稽古をする。
 そして対面する相手を、ヴィヴィアンを傷つけた自分だと思って、情け容赦なくぶちのめした。

 氷の王子様と呼ばれてキャーキャー騒がれてうざったいと思っていた俺は、いつのまにか「冷徹な殺人鬼」とまで呼ばれるようになり、血が通っていない人形だと、誰も俺に近づかなくなった。

 
 そんな中でも唯一話しかけてくるのは、ヴィヴィアンの兄であるナポレオン。

 ヴィヴィアンはあれから引きこもって、部屋から一歩も出てこないこと。家族以外とは会話もしていないことを聞いて、無表情を保ってはいるが心中穏やかではいられない。

 すぐにヴィヴィアンの元に駆けつけて、あの日のことを謝罪したいのに、重罪人の俺は天使から面会を拒否されている。

 そして陛下からも、今はそっとしておいて欲しい、と優しく拒絶された。



 一年が経ち、俺の悪評はとどまる所を知らない。

 そんな中、稽古を終えて帰宅しようとすると、今日もまたナポレオンがやってくる。

 薄ら笑いをする赤髪の友人は、俺の大好きな子とは全く似ていない。

「悪戯した奴らのことも心配していた優しいヴィーの、唯一大嫌いな相手がユーリだなんて。……笑えるな?」
「っ…………」

 その言葉に反応して、気づけば俺はナポレオンをぶん殴っていた。

 それから俺達は取っ組み合いの喧嘩になり、お互い立ち上がれなくなるまで殴り合った。

 身体中アザだらけになって、息を切らした俺達は、地面に寝そべって澄み渡る綺麗な空を見上げている。

「昨日さ。ヴィーに会いに行ったんだけど。日記書いててさ……ちょっとだけ見ちゃったんだよね」
「…………」
「俺って視力が良いじゃん? 見えちゃったの」
「…………」
「最後の二行だけな」
 
 勿体ぶるナポレオンに視線を向ければ、俺に顔だけを向けて笑っていた。

「ユーリに会いたい」
「…………えっ、」
「神様。どうか、僕の初恋の人が幸せになりますように」


「っ、ーーーーーーゔッ、ゔゔッ、ッ、あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
 

 一年間、表情筋が死んでいた俺は、気づいた時にはぐしゃぐしゃの顔で、声を我慢することなく泣きじゃくっていた。

 延々に泣き続けて鼻水を啜る俺に、ナポレオンは何も言わずにずっと傍にいてくれた。




















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