100回目の口付けを

ぽんちゃん

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14 パウンドケーキを

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 ユーリからのお茶会の返事が一度も来ないまま、三ヶ月が過ぎていた。

 騎士団は週に二回は休みがあるから、月に八回、三ヶ月で二十四回、無視されている。

 どうでも良いことを計算して日記に記入する僕は、相変わらずのお馬鹿さんだ。

 結局自分一人じゃどうすることも出来ず、以前恋愛小説をコッソリ入手してくれた使用人に相談して、どうしたら好きな人を振り向かせることが出来るのかを伝授してもらっていた。

 そのアドバイスから、参考になるものを吟味した結果……。

 現在、調理場でぐるぐるとバターをかき混ぜている僕は、腕が痺れて死にそうだ。

「ヴィヴィアン殿下、代わりますよ?」
「ううん、大丈夫だよ。自分で作らないと意味がないから……。気持ちだけ受け取っておくね? ありがとう」

 怒らせてしまった相手に許しを乞うために、相手の好きな甘い物を作ってあげたいから協力してほしい旨を素直に話した僕に、王宮料理人達が総出で僕の様子を見守ってくれている。

 それぞれ自分たちの仕事があるというのに、慈愛の笑みを浮かべて時折頷いている彼らは、なんて優しい人達なんだ!

 だがしかし。
 用意してくれた花柄のバンダナとお揃いの柄のエプロンをつけている僕は、かなりお子ちゃまに見える。

 なぜなら、どちらもピンク色だから。
 僕はピンク色は好きじゃないんだけど。

 好きな色は黄金色。
 ユーリの色なんだから!

 そんなことを考えながら、パウンドケーキを作るために必死にバターをかき混ぜる。

 多分、料理人達の五倍は時間がかかっていると思う……。

 ようやく焼き上がった頃には、お茶会の予定の時間を少し回っていた。

 いい匂いのするパウンドケーキを手にして、僕が作ったって言ったら、ユーリはどんな反応をしてくれるのかな? と、来てくれるかもわからないのに想像する馬鹿な僕。

 協力してくれた料理人さん達にお礼を告げて、急いで庭園に向かった僕を待っていたのは、ユーリではなかった。

 燃え上がるような赤髪に、意志の強さを象徴するような美しい漆黒の瞳。

 そして体格も良く、誰もが見惚れてしまうような美丈夫。

 僕と血が繋がっているはずなのに、全く似ていないナポレオン兄様だった――。

「ナポレオン兄様? どうしたんです?」
「くくっ、驚いた? ヴィーがなにやら朝から作ってるって聞いてね?」
「あちゃ……兄様の分は作ってなかったです~」

 ユーリのために、自らパウンドケーキを作っていたことを兄様にバレてしまっていたことが、こっぱずかしい。

 それを誤魔化すように揶揄うようなことを言ってしまったけど、兄様は全然気にしていない様子だった。

 兄様の隣に腰掛けて、パウンドケーキを並べた僕は、早くユーリの驚く顔が見たいと口許を緩ませていた。

「ヴィーはユーリのことが好き?」
 
 いきなりぶっ飛んだことを質問してくるナポレオン兄様は、すごく真剣な表情をしていた。

「ナポレオン兄様こそ。ユーリのことが好きだったんじゃないんですか? それなのに違う人と婚約して。ユーリが……可哀想……」

 質問に質問で返す僕は、ユーリが好きだということを、ナポレオン兄様には話したくなかった。

 だって、二人は恋人同士だったはずだから。

「俺はユーリを友人として好きだよ。それ以上でも以下でもない」
「っ……政略結婚、だったんですか?」

 曖昧な笑みを浮かべるナポレオン兄様は、紅茶をこくりと飲むだけで、何も答えなかった。

 ということは、ユーリの片思い?

 じゃあ、ユーリと兄様は、友人関係だったの?
 キスもしたことがない?

 それなら僕の方が、ユーリと……。

 とにかく二人がどういう関係だったのかが気になって仕方がない僕は、朗読会の話を振ってしまう。

「本を…………読んだり、しましたか?」
「ん? 本? ああ、あるよ。ユーリは読書が好きだからね。それがどうしたの?」
 
 ごくりと喉を鳴らした僕は、二人は政略結婚だったけど、キスもしていたんだと確信した。

 しかも僕より四つも歳上だし、もっと濃いこともしていたのかも……。

 想像しただけでぶわりと涙が込み上げてきて、会話を続けることが出来なくなった。

「……ユーリは、今日も来なそうですね。パウンドケーキは兄様が食べてください。僕、疲れたので部屋で休みます」

 ナポレオン兄様の返事も聞かずに席を立った僕は、逃げるようにしてその場を走り去っていた。












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