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11 髪も想いも断ち切ろう
しおりを挟むライオネルの手を引いて自室に戻った僕は、机の引き出しから鋏を取り出して、白銀の髪を鷲掴む。
僕が何をしようか瞬時に察したライオネルが、すぐさま鋏を握る僕の手を取った。
「ヴィヴィ! やめてくださいっ!」
「離してっ! もうこんな髪、いらないっ!」
「っ、ヴィヴィ!!」
普段は朗らかなライオネルが、凄まじい力で僕のことをねじ伏せる。
当たり前だが、僕は健康体になってもひ弱な部類の人間だ。
揉み合って寝台の上に倒れ込む僕を押さえつけたライオネルは、必死にやめて欲しいと懇願する。
もちろん、鋏はライオネルに没収されている。
「ヴィヴィ……。あの方は、ヴィヴィの大切な人、ですか?」
「……彼は、ナポレオン兄様の婚約者だよ」
否定も肯定もしない、ただ事実を述べた僕に、賢いライオネルならきっと僕の気持ちなんて透けて見えているだろう。
「だから……、私を傍に置いているのですね? あの方の身代わりに……」
「っ! 違うよ!」
「別に無理に否定しなくてもいいですよ。私は、ヴィヴィの傍にいられるなら、彼の身代わりでも構いませんから……」
「っ、ライっ、聞いて! そんな風に思ったことは一度もないよ……」
普段は優しい色を放つ黄金色の瞳は、怒りや悲しみが混ざったかのように鈍く光っている。
強張るライの頬を両手で包み込み、いつもの優しい黄金色の瞳に戻って欲しくて、ふわりと微笑む。
「ライ。ライは僕の親友だよ、身代わりなんかじゃない」
ぽたりぽたりと、僕の頬にライオネルの涙が零れ落ちる。
そして何を思ったのか、ライオネルの顔がゆっくりと近づいてきて、気づいたときには唇同士が重なっていた。
「んっ……」
そこへタイミングが良いのか悪いのか、ナポレオン兄様が部屋の扉を開けて固まっている。
「っ、貴様! ヴィーに何をっ」
ナポレオン兄様が叫んだと思ったら、僕に覆い被さっていたライオネルは、瞬時に部屋の隅に吹き飛ばされていた。
煌めく金色の髪の美青年の手によって――。
慌てて飛び起きた僕は、ライオネルを背に庇い、両手を広げてユーリの前に立った。
「やめてっ!」
「自分を襲った相手を庇うのか?」
「っ、襲われてなんていません!」
「……同意だと言うのか。鋏を手にした男に押し倒されていたのに?」
そう言って、僕の頬に触れたユーリの指先には、ライオネルの流した涙が。
完全に勘違いされている。
「誤解です。髪を切ろうとしていただけです」
「……下手な言い訳だな」
「っ、本当です! それをライがやめてほしいと、僕を止めていただけで!」
つり目を細めるユーリは、僕の言うことを全く信じていない。
信じる気もないらしい。
僕はナポレオン兄様の弟ってだけで、ユーリにとっては信頼する価値もない、どうでもいい相手なんだ……。
自分から遠ざけておいて、未だにユーリに期待していた僕は、一体何がしたいんだろう?
溜め息が出そうになるのを堪えて、親友に視線を向ける。
「ライ。鋏貸して」
「っ、ヴィヴィ、駄目です!」
部屋の隅で尻餅をついているライオネルを起き上がらせて、怪我がないか確認した僕は、安心してほっと息を吐いた。
「もういいんだよ。ずっと、死ぬまで伸ばそうと思ってたけど……。もう、その必要はなくなったからね……」
今の僕はうまく笑えているだろうか。
そんな僕に歩み寄ったライオネルは、いつのまにか握りしめていた僕の手を優しく包み込む。
「でしたら……、私に切らせてください」
「ライが?」
「はい。切った髪も、全て私にくださいませ。生涯大切に致します」
「……そんなの、」
「お願いします。ヴィヴィ……」
ただのゴミだろう、と言いたかったけど、それを遮るようにお願いされた僕は「いいよ」と答える。
それに、なぜか息を呑んだ音が聞こえてくる。
振り返れば、ユーリか憎々しげに僕のことを睨んでいた。
相変わらず鋭い目つきは、今にも僕を殺したいほど憎んでいるように見える。
ちんちくりんでひょろい僕なんて、ユーリに睨まれただけで、息の根を止められてしまいそうだ。
ようやく大好きな人と視線が交わったというのに、あの日の穏やかなユーリはもういなかった。
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