二人の妻に愛されていたはずだった

ぽんちゃん

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21 計画 ジェラルド

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 半強制的にキンバリー公爵家に連行されれば、そこには私の母──ユリアが、キンバリー公爵夫人と楽しげにお茶をしていた。
 
 母が何も知らずに、アナスタシアの母と仲良くしている姿に私の顔は強張る。
 カーティスに誘導されて席につけば、何やら書類を見ながら語り合っていたらしい。
 ちらりと目を通すと、悍しい文章が羅列されており、目を見開いた。

 「ジェラルドも協力するわよね?」
 「…………はい、もちろんです」

 三人の子を産んだとは思えないほどの若く美しい美女の圧に、直様頷いた。
 アナリーズ・キンバリー公爵夫人。
 アナスタシアの母である。

 艶やかな銀髪を見ていると、アナスタシアも本来ならばこんなに美しい髪なのだろうか、となんとも言えない気持ちになった。
 翡翠色の瞳は美しいが、私の心の中を読んでいるかのような大きな目に背筋が凍る。
 それからの私は、仰る通りです。としか言葉を発することが出来なかった。

 書類を渡されて目を通すと、アナスタシアの侍女からの情報が記されていた。
 
 アナスタシアとジェフリーの婚姻一年目。
 大きなお腹を抱えたクララがやってきた。
 その時、彼女はすでに安定期に入っていたのだ。
 呆然とするアナスタシアの前で、二人はあろうことか熱烈な口付けを交わしていたという。
 約束のことを話しても、やきもちを妬くなと苦笑いをされて相手にされなかった。
 どうしても認められずにいると「嫉妬は醜いぞ」とジェフリーから叱咤されていたそうだ。

 その後、クララの精神面を配慮することしか頭にないジェフリーは、アナスタシアが認めるまで二人で部屋に閉じこもった。
 話も出来ない状況ではどうすることもできないと判断したアナスタシアは、離縁をしたいと家族に手紙を出した。
 だが、認められなかった。
 アナスタシアを溺愛している兄カーティスは、二人を絶対に許さないと憤る。
 「三年目まで我慢して、堂々と離縁しよう」と告げたそうだ。
 実に酷なことをする家族である。
 
 その後、アナスタシアが折れて、クララは皆に祝福されて第二夫人となった。
 それはそれは丁寧に扱われ、三ヶ月後に無事男児を出産。
 婚姻一年三ヶ月で、クララが女主人のような扱いを受けることとなった。
 逆にアナスタシアは、使用人から碌な食事も与えられず、常に陰口を叩かれていた。

 悪質な嫌がらせは不快でしかなく、はらわたが煮えくり返る。
 それも、夫であるジェフリーが一切気付いていないことにも腹が立つ。
 それに加えて、産後すぐにジェフリーと遊び回るクララは、鍛えている私よりも体力が有り余っているのではないだろうか。
 
 「糞が」
 「安心しなさい、ジェラルド。アナスタシア様を傷つけた分、報いは受けてもらうわ」

 普段は父の影に隠れているような母が、目尻を下げて笑みを浮かべていた。
 一切笑える状況ではないのだが、と冷や汗をかきながら視線を巡らせれば、アナリーズ夫人も笑っていたのだ。
 勝手な行動を取れば、クララとジェフリー諸共消されることになると瞬時に察した。

 私の役割は、部下に指示を出してアナスタシアの身を守ることだった。
 本来ならば、義理の兄として彼女を守りたかったのだが、万が一私とアナスタシアの不貞を疑われると面倒なことになる。
 逆にクララの状況がより優位になる可能性を考えて、裏で見守ることにした。


 
 そして、ジェフリーとクララの息子であるジェイクの一歳の誕生日の祝いの食事会が開かれることになった。
 
 だが実際は、本当の誕生日より一ヶ月も前に行われていた。
 理由は簡単。
 クララが本当の家族だけで祝いたいと言い出して、アナスタシアを締め出したからだ。

 婚姻二年目。
 食事会で、毒を盛られることとなる。
 だが、クルーズ伯爵家の使用人達が動くことが予想されており、侍女が手を回してアナスタシアは食事にほとんど口をつけていなかった。
 それでも、元々栄養失調だった彼女は倒れてしまった。

 その間、クララにべったりだったジェフリーが、昼間は毎日のように顔を出していたそうだ。
 そしてアナスタシアが目を覚ましたときにジェフリーは言ったのだ。
 「ずっと傍にいたよ」と。
 夜はクララと睦み合っていたことを知っていた侍女は、平気な顔で嘘をつくジェフリーに心底呆れていた。

 その時は私の両親も駆けつけていた為、父はジェフリーをぶん殴ってやりたい気持ちを堪えていた。
 両親がアナスタシアの傍に付き添っていると、呼んでもいないのにクララがやって来て、大袈裟にアナスタシアを心配して、涙を流した。
 クララはアナスタシアが倒れてから一度も見舞いに来ていなかったことを侍女から話を聞いていた両親は、心底軽蔑していたそうだ。

 だが、ここで問い詰めると計画が狂ってしまう為、クララが優しい子だと褒めた。
 両親と仲良くしたい様子のクララには、まだアナスタシアの体調は万全ではないからと告げて、部屋から追い出した。
 病人の前ではしゃぐクララを追い出して清々しながら、ふとアナスタシアを見ると、諦めたかのような悲しげな表情で笑みを浮かべていたそうだ。

 アナスタシアは計画については一切知らない。
 
 両親までクララの味方をするような発言をした為、傷付けてしまったのだろうと申し訳ない気持ちになった。
 だが、彼女を巻き込みたくないと話していた為、詳細を口にすることはできない。

 どうしても気になって、夜中にアナスタシアの見舞いに向かうと、驚くべき瞬間を見てしまった。
 
 彼女が、ジェフリーから貰ったラベンダーの花の栞を大切そうに撫でているところを。
 彼女がジェフリーを愛しており、思いを馳せているように見えるが、そうではない。

 特上の笑みを浮かべ、くすくすと笑っていたのだ。
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