二人の妻に愛されていたはずだった

ぽんちゃん

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17 まだだ

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 悪の元凶であるクララと関わったせいで、私の人生は狂ってしまった。
 親友のギデオンや執事だったアーノルドに言われたことが、ようやく分かった。
 元第三王子を誑かした平民の女性は嘘を吐いていたが、クララは違う。
 クララの場合は嘘を付かずとも、私が勝手に解釈していたのだ。

 フェルディナンドのことを愚か者だと思って馬鹿にしていた私は、彼よりも更に愚か者だった。

 そして、過去を振り返り続けて気付く。
 私がアナスタシアを病弱だと思ったこと。
 趣味が読書で、白薔薇が好きだと思ったこと。
 全ては、クララとの会話から導き出されたものだった。


 今日もアナスタシアの顔色が悪そうに見えた。
 あまり話したがらないけど、幼い頃に重い病にかかっていたってわ。
 もしかしたら今も治っていないのしれない。
 デートも良いけど、彼女は断れない性格だってし、無理強いはしないであげて。
 心配だから休ませてあげて。
 アナスタシアに無理をさせないで。
 体に負担のかかることは、私がするわ。
 だって彼女は、私の親友だもの。


 心からアナスタシアを心配している発言を繰り返すクララに対して、なんて優しく友人想いなんだ。と感心していたのだ。


 アナスタシアは優等生だったから、本を読むことが好きだわ。
 恋愛小説が流行っていて、友人のレベッカも好きだって話していたのを聞いたことがあるわ。
 あの二人も仲が良かったから、アナスタシアも好きなんじゃないかしら。
 ジェフから贈られたら、彼女も喜ぶしれないわね。


 全て誰かから聞いた、と話していただけで、クララ本人はそう思っているとは告げていなかった。
 私は、クララに誘導されていたのだ。
 それが全て彼女の策略だったとしたならば、相当頭がキレる女だ。
 ……いや、違う。
 そんな戯言を鵜呑みにした、私が愚か者だったのだ。


 ブラッドの話によると、アナスタシアと親友以前に、クララには女性の友人は一人もいなかったそうだ。
 我が家に遊びに来ていた日の事を振り返れば、確かにクララは紅一点だった。
 一緒にいたブラッドの友人全員と、身体の関係を持っていたらしい。
 下手したら、クララと恋人だと思っていたのは、私だけだったのかもしれない。
 そんなところまで疑ってしまっているのだから、もうクララのことは一生信用出来ないだろう。



 真相を知って全てを無くした私は、仕事に行く気力もなくなり、別邸に向かった。


 ──酒と大量の薬を手にして。

 
 途中、家令のケビンと顔を合わせたが、私が手にしている物を見ても何も言われなかった。

 彼は今月で辞職することになっている。
 それに残っている使用人もだ。
 もうどこにも雇っては貰えないだろう。
 先に解雇された使用人達も再就職出来ずに、路頭に迷っていると聞く。
 それに運良く再就職出来たとしても、我が家の給金が良かった分、どん底の生活になるだろう。

 全てを悟ったように、黙って目を伏せたケビンの横を通り過ぎる。

 アナスタシアを極限まで追い詰めた私を止めるものなど、この世にはもう誰もいない。
 生きている価値もない。
 死に逃げる私を、アナスタシアは許してはくれないかもしれない。
 それ以前に、私のことなど記憶から抹消したいと願っているだろう。

 そう思いながら、彼女の香りが消えてしまった薄暗い部屋に辿り着く。
 ソファーに腰掛け、グラスに酒を注いだ。
 彼女との思い出を巡らせ、心から反省し、もし来世で出会うことが出来るのならば、もう一度だけやり直しをさせて欲しい。

 そして、雑に放り投げていた薬に手を伸ばす。

 「っ…………」

 真っ白な机に、真っ白な封筒が置かれていることに気が付いた。
 離縁の知らせの手紙のことが蘇り、悲しい動悸がして息苦しくなった。
 
 そっと手に取ると、ふわりとラベンダーの香りが鼻腔を擽る。

 「っ、ナーシャ……?」

 驚きと、ありえないという気持ちが混ざり合い、早く手紙を読みたいのに、手が震えてうまく開けることが出来ない。
 まだ酒も薬も口にしていないというのに、手の震えはなかなかおさまらなかった。

 期待しては駄目だ、手紙には罵詈雑言が書かれている、と何度も言い聞かせる。
 真っ白な封筒を前に、乞食こじきのように冷たく震える手を擦り合わせて、深呼吸を繰り返した。

 まだアナスタシアからの手紙だとはわかっていないにも関わらず、開封するかを延々と悩み続ける。
 だが、アナスタシアの私に対する侮辱の言葉が綴られているのなら、それは全て受け止めるべきだと思った。
 何も言われないよりは、彼女の心境が知りたいと思い、封を切る。


 『懺悔ざんげをしたいのであれば、夕暮れ時のウェイル教会がお勧めだ』
 
 
 たった一行の右肩上がりの文字は、アナスタシアのものではない。
 兄、ジェラルドの筆跡だった。
 
 拍子抜けしたものの、手紙と共に封筒の中に入っていた物を目にして、兄の言いたいことがすぐに理解出来た。
 アナスタシアと話をする機会を与えてくれるつもりなのだ。
 
 最初に見た時よりも少しれてしまった、ラベンダーの押し花の栞を握り締める。
 
 「会いたい……、私は、まだ、死ねない。ナーシャに会うまでは……」

 アナスタシアへの気持ちが溢れ出て、ジョナサンから聞いていたように、私も栞を胸元で握りしめて祈った。

 許されなくても、忘れられても良いから、最後に彼女に会いたい。
 もう愛を囁けずとも、誤解を解きたい。
 唯一、私の想いを信じ続けてくれた彼女にだけは、誤解されたままで終わりたくなかった。
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