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12 親友
しおりを挟む「まさか、素敵だなと思った相手が、私の義妹だったとは……。驚きました」
クラウス・バードと名乗った彼の衝撃的な言葉に笑みが消え失せた私は、ゆっくりと隣を見る。
「ま、まぁ! クラウスお義兄様でしたの?!」
「ああ。君は、クララだね? はじめまして。私の妹がこんなに可愛い子だったなんて……。私は勿体無いことをしていたな」
「やだぁ……。嬉しいですっ」
一瞬顔が強張っていたクララだが、感動の再会を果たしたかのように、義兄クラウスを上目遣いで見つめていた。
一体全体、なにがどうなっているんだ。
顔面蒼白になる私を他所に、二人が楽しそうに会話をしている。
クララに向ける慈愛に満ちた眼差しは、義妹を歓迎しているようにしか見えない。
なにより、誰の目から見ても二人は初対面だ。
義兄に暴行されていたんじゃないのか?
だが、見るからに貧弱そうな彼が、女性を暴行出来るとは思えない。
下手したら、子供相手にも負かされそうだ。
ならば、クララには他に兄がいるのか?
声を掛けようとすると、クララに似た大きな空色の瞳が徐々に潤んでいく。
「私の身体が弱かったせいで、クララには迷惑をかけたね。父様も母様も、自慢の娘だといつも手紙をくれていたから、ずっと会いたいと思っていたんだ。私のたった一人の可愛い義妹……」
「クラウスお義兄様っ……」
飛びつくクララを抱きしめた義兄クラウスは、桃色の髪に頬を寄せて静かに涙を流す。
その光景を呆然と眺めている私の呼吸は荒く、ずっと信用していたクララが、私に嘘をついていた現実が突きつけられた。
それからどうやって邸に帰ってきたのかは、全く覚えていない。
──そして、私の隣には誰もいない。
クララは義兄と一緒に居たいからと、私の元を離れて行った。
彼女が居なくなることはどうでも良いのだが、真実を聞き出すことが出来ない。
それに、今話を聞いたところで、クララが嘘をついていた現実を受け止められる状況ではない。
何も手に付かず、抜け殻のように時を過ごしていた私は、親友ギデオンに手紙を書いた。
十通目でようやく返事が来て、私の元を訪れてくれた彼の第一声は、
──信じていたのに
だった。
「何が……信じていた?」
「お前がアナスタシア様を愛している、と言っていたことだよ」
「っ…………今も、愛している」
「もうやめてくれ。お前を信じたせいで、私はレベッカやストーン家の人間に散々罵られたんだ。ようやく努力が認められたところだったのに、私の居場所が無くなりつつあるんだ!」
濃紺色の髪を忌々しげに掻き乱すギデオンは、鬱憤を晴らすように怒鳴り声を上げる。
応接室に案内しようとしたが、邸の中には入りたくないと告げられた。
「アナスタシア様を冷遇し、毒婦と睦み合っていた穢れた邸など、誰が入るものか!」
「っ、冷遇なんてしていない!」
「ハッ。よくそんなことが言えるな? さっき別邸の中を見させてもらった。キンバリー公爵家が用意した豪華な家具を、毒婦に使わせているんだってな? アナスタシア様の別邸には、低級のものしかなかった。それのどこが冷遇していないと言えるんだ!」
吐き捨てられて絶句したが、それはアナスタシアが浪費を嫌う性格だからと説明した。
だが、他人からするとそんなことは言い訳に過ぎず、ありえないことだと一喝された。
「嫁入り道具は、愛するお前と過ごす日を夢見ていたアナスタシア様ご自身が、時間をかけて選んだものだ。それを愛人に使わせるわけがないだろうが!」
「っ、そんな……」
「金の為の結婚だったとしても、もっと気遣う事は出来ただろう。それに、愛していないなら親友の私にだけは嘘をつかないで欲しかった……」
信頼していた友人から、初めて軽蔑するような目を向けられて、涙がこみ上げてくる。
信じてくれと何度も告げたが、口を開くなと言われてしまった。
そして胸元から数枚の書類を出したギデオンは、私に向かって投げ捨てる。
書類を拾って目を通せばドレスやネックレス、外出費用などが記されていた。
それも、莫大な額だ。
今これだけの金があるのなら、贅沢品ではなく、今すぐ領民の為に使いたいと頭を過ぎる。
五枚ほど目を通していくうちに、私の顔色は青褪めていく。
なぜなら、ここに記されているものは、全て私がクララに贈った物だったからだ。
クララが来た日から、アナスタシアと離縁するまでの日付。
いつどこで何に使用していたのかを、まるで全てを見てきたかのように事細かに記入されていた。
「最後にこの一枚。見比べてみろ」
困惑しながら顔を上げれば、目の前に書類を突きつけられて、読み進める。
ラベンダーの花の栞。千ダリー
小説。五千ダリー
庭の白薔薇。無料
たった三つだけだった。
「どちらが愛されていると思う?」
「っ…………」
「なぜアナスタシア様へのプレゼントが、栞や小説だけなんだ。安物すぎるだろ」
「そ、それは、ナーシャは読書が……」
「まさか、アナスタシア様の趣味が読書だとか頭のおかしいことを言わないよな?」
口を開けて間抜け面を晒す私に、ギデオンは呆れたように天を仰ぐ。
そして、吊り上がる目元が私を見据え、濃紺色の瞳に射抜かれる。
「アナスタシア様の趣味は、乗馬だ」
「…………乗馬?」
「昔から邸の中で過ごすより、外に出ることが好きな女性だ。友人達からは、お転婆姫と呼ばれていたくらいだ」
言葉を無くし、手にしていた書類は花が散るようにひらりと落ちて行く。
「お前は彼女の何を見ていたんだ? なぜ、愛していると嘘を吐き続けるんだ?」
心底疑問だと告げるギデオンに、信用してもらえるかはわからないが、今までのことを涙ながらに全て話した。
黙って話を聞き終えた友人は、額を抑えて項垂れる。
「お前もか……」
「……え?」
「お前だけは違うと思っていたがな」
──フェルディナンドと同類だったんだな。
残念だよ。と呟いたギデオンは、哀れむように私を見つめ、ゆっくりと目を伏せた。
この日を最後に、私を穏やかな気持ちにしてくれていた濃紺色の瞳を、二度と見ることはなかった。
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