二人の妻に愛されていたはずだった

ぽんちゃん

文字の大きさ
上 下
10 / 28

10 表彰式

しおりを挟む

 そして兄ジェラルドの表彰式を兼ねた婚約発表の場に出席する為、宮殿に向かった。
 アナスタシアと盛大な式を挙げたことが、つい最近のように思い出される。

 表彰式に向かう前は、ドレスが気に入らないと駄々を捏ね続けていたクララは、今は初めてのパーティーに浮き足立っている。
 兄と婚約者となるお相手が主役なのだから、クララは目立つような格好をする必要は微塵もないのだが、自分のことしか考えていない。
 兄に恥をかかせない為にも、お願いだから口を開かないでくれと頼みこんだ。

 会場に案内され、煌びやかな装飾に目が眩む。
 出席者は三百人程いるだろうかと思いながら、辺りを見回した。
 笑顔で会話をしていた人々が口を閉じて、一斉に私達に冷ややかな視線を向ける。
 まるで、なぜここにいるんだと目で語られて、堪らず喉を鳴らした。

 「うわぁ~! すっごぉい! 私達が主役みたいだね?」

 場違いな声が響いて、背中に大量の冷や汗が流れ落ちる。
 だが、確かにクララの言う通り、私達が主役のようにも見える。
 なぜなら、女性達は皆、派手さのない色味のシンプルなドレスを身に纏っているからだ。

 自己主張するかのようなゴテゴテの装飾のついた鮮やかな赤色のドレスを身に纏うクララは、間違いなくこの会場の中で一番目立っているだろう。
 それも、悪い意味でだが。
 本日の主役の弟であるにも関わらず、壁の花にならざるを得ない。

 すぐに退出出来るよう、入口に近い場所に移動しようとクララを導こうとすると、急にクララが「あっ」と声を上げる。
 パートナーのいる男性に向かって「あの人かっこいい!」と指差しをしたのだ。
 目の玉が飛び出そうになるが、強めに手を握って下げさせた。
 会場のど真ん中に行きたがる彼女を強引にエスコートして、隠れるように隅に移動する。

 クララと向き合い、喜色を滲ませる空色の瞳を真剣な表情で見つめる。
 
 「クララ。目立つような行動はやめて欲しいと、何度もお願いしたじゃないか。私と兄に恥をかかせないでくれ」
 「えっ? でも、無理だよ」
 「そこをだな、」
 「目立ちたくて目立ってるわけじゃないよ? 他の人たちとは、生まれ持ってのポテンシャルが違うんだもんっ」

 唇を尖らせるクララに呆気にとられる。

 この女は……何語を話しているんだ?
 若い頃は、突拍子もないことを言うところや、前向きなところが可愛いと思っていたが、今は単なる愚者だ。

 「…………いや、もういい。黙ってくれ」
 
 とにかく空気になるよう意識したいのだが、嫌でも視線を集めてしまう。
 なぜなら、クララは良いのだ。
 そして、私も。
 悪目立ちしたくないのだが、と思いながら、初めて自分の美貌にうんざりする。

 どうして身内の祝いの場で、肩身の狭い思いをしなければならないのだ。
 いつもなら、私の隣には淑女の鏡であるアナスタシアがいた。
 周囲からの羨望の眼差しを一身に浴びていたというのに。
 現実逃避するように目を伏せて、アナスタシアのことを思い出す。
 
 儚げな印象のアナスタシアもまた、極めて美しい女性だった。
 容姿だけでなく、内面から滲み出る美しさも相まって、彼女の隣にいるだけで心が癒されていた。
 私を立てるように一歩下がった立ち振る舞いで、夜会でも常に私を支えてくれていた。

 彼女が私の妻になってくれた幸運を、いつも噛み締めていた。
 そのことを当たり前だと思っていたことも、ましてや蔑ろにしたことなど、一度もないのだ。
 自分でも飽きれてしまうほど、感謝の言葉と愛を囁いていた。

 私はアナスタシアに夢中だった。
 二度目の恋をしていたんだ。

 いや、むしろアナスタシアが運命の相手だったと思っていた。
 彼女こそが、私の真実の愛の相手なのだ。
 それがどうして……。

 アナスタシアが運命の相手と気付かずに、第二夫人を娶りたいなどと告げて、彼女を傷付けた。
 当時は、自分が間違ったことをしているという認識が一切なかった。
 か弱い女性を悪から助け、道徳的な行いをしていると思い込んでいた。
 私は、悲劇の主人公気取りになっていたのだ。

 自分のせいだと頭では分かっていても、隣で馬鹿みたいに既婚男性達に熱視線を送っている二人目の妻を見ると、苦々しい気分になる。
 
 後悔しているところに、左胸元に幾つもの勲章が目立つ軍服を着こなした長身の男性が入場する。

 本日の主役である兄が姿を現し、女性達から感嘆の吐息が漏れる。
 男性陣からも憧憬の眼差しを向けられており、それは私とクララも同じである。
 雲の上の存在を見ているかのように、遠くから兄の雄姿ゆうしを眺める。

 本来ならば近くで祝いたいのだが、総勢五百名は参加しているこの大舞台で、兄の足を引っ張ることなど到底出来ない。
 私の隣に立つ、クルーズ伯爵家の顔汚しになる存在の手綱をしっかりと引いて、目頭が熱くなった。
 兄の晴れの席を、いつも私を尊重してくれていた、愛するアナスタシアと共に祝いたかった。
 
 ウィザース王国の国王陛下と親しげに言葉を交わす兄を、遠くから視線だけで賛辞を贈った。
 皆が兄を見上げて割れんばかりの拍手をする中、私だけは涙を堪えて俯いていた。

 「なにあれ! どういうことなのっ!」

 耳をつんざくような声に顔を上げれば、兄の隣に寄り添い、控えめに笑みを浮かべている女性がいた。
 

 ──私の最愛の人。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

最初からここに私の居場所はなかった

kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。 死なないために努力しても認められなかった。 死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。 死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯ だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう? だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。 二度目は、自分らしく生きると決めた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。 私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~ これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

離婚したらどうなるのか理解していない夫に、笑顔で離婚を告げました。

Mayoi
恋愛
実家の財政事情が悪化したことでマティルダは夫のクレイグに相談を持ち掛けた。 ところがクレイグは過剰に反応し、利用価値がなくなったからと離婚すると言い出した。 なぜ財政事情が悪化していたのか、マティルダの実家を失うことが何を意味するのか、クレイグは何も知らなかった。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】愛してました、たぶん   

たろ
恋愛
「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。 「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

処理中です...