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おまけ
フィオレの出番は来なかった
しおりを挟む「ジェラルドに聞いたけど、患者を差別しているんだって?」
「っ、」
昔のフラヴィオであれば、到底信じなかった話。
それをミゲル本人に確認するフラヴィオは、誤魔化しはきかないとばかりの、厳粛な雰囲気だった。
「私への手紙には、毎日ジェラルドの仕事を手伝っていると……。真心を込めて患者に接していると書いてあったが、嘘だったのか?」
真意を見極めるようにフラヴィオが目を細めれば、ミゲルは半泣きで謝罪していた。
「っ…………す、すみませんでした。僕なりに、頑張っていたんですけど……」
素直に謝るミゲルを眺め、フラヴィオは溜息を飲み込んだ。
ミゲルなりに頑張ってはいるのだろう。
だが、この五年でジェラルドの名声は上がる一方で、ミゲルの話題は口の端にも上らないのだ。
(誰かに言われるがまま動いているのではダメなんだよ、ミゲル……)
ジェラルドが経営する病院は、患者の身分を問わない。
平民も入院しているため、ミゲルが患者を差別し、見下している気持ちが伝わっているのだろう。
心身共に弱っていたとしても、患者は世話をしてくれる者をしっかりと見ているのだ。
(……私もそうだった)
久しぶりに苦い過去を思い起こしたフラヴィオは、強く目を閉じた。
全て忘れただろう、と己に言い聞かせる。
そして朝夕と、神殿騎士に扮して見舞いに来てくれていたクレメントを思い出せば、自ずと気分は晴れやかになっていた。
いつもなら優しく諭すところだが、フラヴィオはミゲルに助言しなかった――。
「悪いことをしたとわかったのなら、それでいい。反省して、次に活かせばいいんだ」
ぽんと肩を叩かれたミゲルが、息を呑む。
優しげな笑みを浮かべるフラヴィオだが、瞳は鋭い光を放っていたのだ。
「っ……に……兄さ、ま……?」
「ミゲル。クレム様に迷惑をかけることだけはしないでくれ」
フラヴィオの懇願する声を聞くミゲルは、片膝をついたまま呆然としていた。
二年程前から、愛するフィオレがミゲルを警戒している。
フィオレが笑顔で近付く相手は、本当に好きな者と、そうでない者。
――ミゲルは、後者だった。
年に一度しか会う機会がなく、頻繁に贈り物を貰っているのに、だ。
疑問に思ったフラヴィオは、侍女ふたりから過去について内密に話を聞き出していた。
そしてフラヴィオは、ミゲルの想いを知ることになったのだ。
ただ、歪んだ愛情を理解出来なかったフラヴィオは、ミゲルがフラヴィオに向ける感情を『愛』だとは認めなかった――。
それでもフラヴィオは、ミゲルに釘を打つ。
「大切なことだから、もう一度言う」
ゆっくりと言葉を紡いだフラヴィオがしゃがみ、ミゲルと目線を合わせた。
学園でフラヴィオの悪評を放置していたというのに、フラヴィオには偽りの噂を払拭するために奔走していると嘘をついていたこと。
戦場の鬼神の後妻となり、離縁後に傷付いたフラヴィオを軟禁して愛そうと目論んでいたこと。
全て知っている。
だが、その点に関しては、フラヴィオは怒るというより呆れている。
フラヴィオがなによりも許せなかったのは、形見のブローチを脅しの材料にし、マリカとキャシーを言いなりにさせようとしたことだ――。
フラヴィオの周りにも、姑息なことをする人間は大勢いる。
だが、可愛がっていたミゲルには、醜い大人にはなってほしくなかった……。
そして罪を隠し続けるミゲルに、フラヴィオは憤りを感じていた――。
「クレム様に迷惑をかけるようなことをするのならいくらミゲルでも、私は許さないよ」
「――……ッ!!!!」
淡々と告げたフラヴィオの表情は、無だ。
そして、言葉に隠された本当の意味に気付いたミゲルは、カッと目を見開いた。
クレムに迷惑をかけるようなこと、つまり、ミゲルがフラヴィオを愛し続けること――。
「っ……僕はもう……密かに想うことも、許されないのか……」
力無く座り込むミゲルが、去って行くフラヴィオの背を見つめ、呟く。
ミゲルが泣きそうな顔をしても、フラヴィオは眉ひとつ動かさなかった――。
五年経っても、最愛の人に子が産まれても、ミゲルはフラヴィオを諦められなかった。
フィオレの予想通りに、クレメントになにかあった時は、すぐに駆けつけるつもりだったのだ。
しかし、今は僅かな希望も消え去った。
フラヴィオにきっぱりと拒絶されたミゲルは、失恋したことを受け入れざるを得なかった――。
「兄様に嫌われてしまった……。あの時、謝っていれば……ッ。いや、兄様を助けるべきだった……。兄様の一番近くにいたのに、僕はヒーローになり損ねたんだ……っ」
絶望するミゲルは、両親と共に牢にぶちこまれていた方がマシだと、嘆く。
なにせ病院でミゲルと関わり、ミゲルの醜い心を知らぬ者たちには、戦が始まれば歓喜し、クレメントが大勝したと聞けば落胆するミゲルは、異質な存在だと判断され、距離を置かれているのだ――。
地獄の日々が待っている。
すべて自業自得だとわかっているミゲルだが、フラヴィオに拒絶されたショックで、立ち上がることができなかった――。
「あ~あ。フィオレが頑張るつもりだったのに、母さまが解決しちゃったっ」
なぜ、ミゲルがフラヴィオを諦めたのかはわかっていないフィオレだが、ちぇっ、とつまらなそうに口を尖らせた。
「やはり、フィオレがクレム様に似ていてよかったな……」
そう呟いたフラヴィオは、フィオレの額にキスをした。
ミゲルのことに関しては、薄々気付いていたこともあったが、今まで目を逸らしていた。
しかし、聡い娘のおかげで、フラヴィオはようやく心の奥にあったじくじくとした小さなしこりが、綺麗さっぱり消え去ったのだ。
「え? フィオレは、母さまにそっくりだって言われてるけど……」
こてりと首を傾げる天使を抱きしめるフラヴィオは、静観していたクレメントのもとへ向かい、清々しい顔で笑っていた。
(完)
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最後まで読んでくださり、ありがとうございました!(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
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