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しおりを挟む一日中フラヴィオからの手紙を読んでいるミゲルは、胸が痛くてたまらない。
それでもミゲルは、何度も読み返していた――。
「ミゲル。今、いいか」
「っ……」
扉の前に立つジェラルドが、ミゲルの様子を伺っている。
最初は無視していたミゲルだが、今は困ったような顔をする伴侶を、部屋に招き入れていた。
ここ最近のジェラルドは、毎日のようにミゲルのもとを訪れている。
ただ同じ空間にいるだけだったが、ミゲルが慣れてきた頃から、ジェラルドは病院での出来事や自身の研究のことを話すようになった。
ミゲルはぼんやりと聞いているだけなのだが、ジェラルドはそれでいいと思っているのか、ミゲルに突っかかってくることはなかった。
それでもジェラルドとの会話は、苦痛を感じるものだ。
(……ジェラルドが嫌なわけじゃない)
今のミゲルは、対面のソファーに腰掛けているジェラルドを見ても、不思議と恐ろしくはない。
しかし、やはり自ら話しかけたいとは思わない。
ジェラルドはミゲルを苦しめようとしているわけではないことを、頭では理解している。
それでも目を見ることができないのは、ミゲルの後ろめたい気持ちを、ジェラルドに見抜かれているからだろう――。
『もし、クレメント様が噂通りの冷酷な人物だったなら、フラヴィオ様は今頃、どうなっていたと思う? 想像したことがあるか?』
静かに語りかけるジェラルドの声は、今までで一番ミゲルのためを思っているように聞こえた。
無視するつもりはないミゲルだが、ジェラルドの問いになにも答えられなかった。
「隣国との戦に勝利し、帰還したタイミングだったからこそ、クレメント様の心にも余裕があったんだ。もし出陣するタイミングだったなら、どうなっていたことか……」
「っ、」
ミゲルの様子をじっと観察しているジェラルドが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
決して責めるような口調ではないのだが、軍を率いるクレメントが殺気立っている姿を想像するミゲルは、ぶるりと震えていた。
「ひとりでも戦力がほしいと思う中で、剣も握れないフラヴィオ様は、間違いなく皆の期待を裏切ることになっていたはずだ」
「…………」
「フラヴィオ様が悪いわけじゃない。だが、クレメント様だけでなく、公爵家の人間にも相手にされなかっただろう。公爵夫人として認められることはなく、心に深い傷を負うことになったはずだ」
軍医として、クレメントと行動を共にしていたジェラルドだからこそ、断言できるのだろう。
フラヴィオが冷遇されるであろうことは、ミゲルもわかっていた。
だが、ミゲルの予想に反して、フラヴィオは公爵家にあたたかく出迎えられたのだ。
だからこそ、すっかりと忘れていた。
最愛の人が傷つくかもしれないとわかっていて、ミゲルはフラヴィオに後妻として嫁いでほしいと話したことを――。
そして傷付いたフラヴィオを一生そばに置き、ミゲルが癒すつもりだった。
フラヴィオを幸せにできるのは、自分しかいないと思い込んでいたのだから――。
フラヴィオが傷つくこと前提で、ミゲルはふたりの未来を考えていたのだ。
己の醜い感情を思い出すミゲルは、今になって恐怖で震えが止まらなかった。
「ミゲルも知っているとは思うが、公爵家の人間は強者揃いだ。その中でもクレメント様は、災害級の化け物だ」
「っ、」
「まあ、今は人間らしい優しさを取り戻してはいるがな? フラヴィオ様は、運が良かったんだよ」
「っ……そこまで深く、考えていませんでした」
項垂れるミゲルは、兄を守りたいと稽古に励んできた剣だこのある手を強く握りしめた。
本当は、この国で最も恐ろしい男に相手にされた方が、フラヴィオがミゲルの良さを再確認してくれるだろうと、やましい気持ちがあった。
己の醜い感情を口にすることはできなかったが、過去を振り返るミゲルは反省の色を見せていた。
「…………そうか。いつか、本当の意味で、フラヴィオ様の幸せを願えるようになる日が来るといいな?」
メイドから話を全て聞いているジェラルドが、今も兄を諦めきれていないミゲルに語り続ける。
母親のように毒を盛ることはなかったが、己も立派な加害者だったと、ジェラルドの話に耳を傾けるミゲルは、心の底から己の所業を悔いていた――。
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