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しおりを挟む「国境に近いですね……」
フラヴィオ専用の図書室で地図を広げるクレメントが指差す位置は、ジラルディ公爵邸から随分と離れた場所だった。
(もはや、隣国と言ってもいいと思う……)
クレメントがジェラルドとミゲルのために用意した祝いの品は、なんと新居だった。
それも広大な土地を買い取ったようで、患者が療養するための病院と研究施設も併設している。
近くに街はないが、自然に囲まれているため、療養患者は安らげるだろう。
太っ腹だと思う反面、フラヴィオからミゲルを遠ざけたかったのではないかと邪推してしまう。
言葉にこそしないが、クレメントは嫉妬深いところがある。
ミゲルは可愛いとは思うが、異母弟だ。
もし血が繋がっていなくとも、フラヴィオはミゲルを恋愛対象として見ることはなかっただろう。
それにフラヴィオは、幼い頃から母のような人を伴侶に迎えるつもりだったのだ。
それが今は、包容力のある最強の王子様の伴侶となっているが……。
(今まで多くの素敵な出逢いがあったが、私の胸が高鳴る相手は、クレム様ただひとりだった――。これを運命と呼ばずしてなんと呼ぶのか)
初恋の相手と結ばれた奇跡に感謝するフラヴィオは、硬い胸に寄りかかり、狼狽えている夫の可愛い顔をまじまじと見つめていた――。
「っ……ジェラルドが希望したんだ。研究を誰にも邪魔されたくないから、静かな場所がいいと」
フラヴィオの機嫌を損ねたかと、びくびくとするクレメントがなにやら必死に話している。
「そ、それに、レオーネ家で雇われていた使用人たちも同行している」
「そうなんですか?」
「ああ。奉仕活動中に、やりがいを感じたようだ。自らの意思で働きたいと話していた。小僧の話し相手くらいには、なってくれる……はずだ」
「それなら安心ですね? ジェラルドの仕事を手伝っていれば、おのずと皆と仲良くなれるでしょう」
夫に微笑みかけるフラヴィオだが、ミゲルは平民を見下しているところがある。
少し不安が残るも、気遣いのできるミゲルなら大丈夫だろうと、フラヴィオは思った。
伴侶を支えることを前提で話しているフラヴィオは、ミゲルがジェラルドのことも見下しているとは思いもしていなかった――。
「それから、ヴィオに相談せずに、勝手に決めて悪かった……」
反省しているクレメントを見つめるフラヴィオは、気にしなくていいとばかりに夫の頬を撫でる。
「いえ。ジェラルドの望みであれば、私の意見は必要ないでしょう。……ただ、これからはどんな些細なことでも事前に話してくださったら嬉しいです」
「っ、ああ、約束する」
仲良く指切りをするふたりが、微笑み合う。
「それに、ミゲルも社交界から離れた方が幸せかもしれませんし……」
「…………そうだろうな」
常に異母弟の幸せを考えているフラヴィオを、愛おしく思うクレメントは、ミゲルにはいつまでも良き弟であり続けてほしいと願っていた。
◇
その頃ミゲルは、新婚旅行だと宣うジェラルドと共に、各地を巡っていた――。
腫れた唇がじくじくと痛むミゲルは、最低なファーストキスをした相手のことを、いつまでも恨んでいたが、時間が経てば気分も落ち着いてくる。
なにせジェラルドが、ミゲルのほしいものを好きなだけ買ってくれ、機嫌を取っていたのだ。
豪華な食事で腹を満たし、高級宿に泊まる。
自由に使える金がほとんどなく、苦しい毎日を送っていたミゲルは、溜飲が下がっていた。
といっても、邸を差し押さえられたミゲルは、学園を卒業してからはずっとジラルディ邸に居座っていたのだ。
衣食住の面倒をみてもらっておきながら、ミゲルは自由に使える金がないことを嘆いていた。
豊かな生活を送っていたこともあり、生活レベルが少し落ちただけでも、ミゲルは誰よりも我慢していると思う甘ったれだった――。
馬車の中で、ジェラルドが地図を広げている。
とりあえず気に入ったものを買い漁るミゲルとは違い、新婚旅行のスケジュールをきっちり決めている様子のジェラルドの目的は、ひとつだ。
「この街でも、フラヴィオ様の絵葉書を買い占めるぞ!」
ミゲルの前でも、ジェラルドはフラヴィオ信者であることを隠そうともしない。
(気持ち悪っ。兄様にチクッてやりたいけど、コイツは口がうまいから、逆に兄様に好かれてしまいそうだ……)
フラヴィオに想いを馳せるミゲルは、窓の外を流れる景色を見つめる。
「僕も兄様に手紙を書きたいから、便箋がほしい」
「ああ、好きなだけ買ってやる」
暫くお会いすることは叶わないからな、と心の中で嘆くジェラルドは、ニッと笑った。
なんでも買い与えられ、新婚旅行だと毎日楽しませるジェラルドに躾けられているミゲルは、新居まで三ヶ月かかることを知らずに、呑気に旅行を楽しんでいた――。
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