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おまけ

母を守りたい娘

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 五年後――。


「フィオレ様っ! お待ちくださいっ!」

 サイドに三つ編みをした金色の髪が、陽の光できらきらと輝く。
 息切れを起こすマリカに振り向いた美少女――フィオレは、春らしい若葉色のドレスを摘んで可愛らしくカーテシーをした。

 ほっとした様子のキャシーも走って来る。
 必死に呼吸を整える侍女ふたりに、にこっと笑ったフィオレは、庭園に咲く青い花畑を突っ切った。

「ふふっ。ふたりとも、まだまだね!」

「「っ、フィオレさまああああ~~ッ!!」」

 お転婆な少女に振り回されるマリカとキャシーの叫び声を背に、フィオレは今日も元気に遊び場に向かっていた――。
 

 ジラルディ公爵邸の訓練場には、既にたくさんの逞しい男たちが集まっていた。
 フィオレの遊び場は、同年代の貴族令嬢たちとは違い、むさ苦しい場所だ。
 それでも、国のために日々切磋琢磨する家臣たちが大好きなフィオレにとっては学びの場でもある。

「父さま~っ!」

 フィオレが声を上げると、恰幅の良い男たちが微笑ましい顔で道を譲る。
 絶世の美人と謳われる母親に似て、愛らしい性格のフィオレは、五歳にしてジラルディ公爵家のアイドルだった――。

 フィオレが来ることをわかっていたのだろう。
 プラチナブロンドの美丈夫が、両手を広げて待ち構えていた。

「嗚呼っ。私の可愛いフィオレ」

 アキレスに優しく抱き上げられたフィオレは、きゃははと嬉しそうに笑った。
 四十手前でも美しさを保つアキレスが、フィオレのぷにっとした頬に頬擦りをする。
 今もなお令嬢から言い寄られているが、アキレスは生涯独身を貫く予定だ。

 なにせ、命をかけて守り抜くと誓った主人フラヴィオの娘に、骨抜きにされているのだから――。

「フィオレ。父様は、アキレスではなく私だろう」

 ふたりの間に、不機嫌な声が割り込む。
 フィオレの父であり、ディーオ王国の英雄――クレメントだ。
 威圧感たっぷりの大男。
 一部の人たちからは『鬼』と呼ばれ、畏れられているけれど、毎朝早起きをしてフィオレの髪を丁寧に結ってくれ、可愛いリボンをつけてくれる優しい父である。

 そんな父に肩を抱かれているのは、フィオレの大好きな母――フラヴィオだ。
 微笑ましい顔をするフラヴィオは、フィオレと同じ髪型に結っており、色気のある美人だ。
 優しく崇高な精神の持ち主であり、フラヴィオのそばにはいつも自然に人が集まる。

 英雄であり、戦場の鬼神と呼ばれる最強の父と、聡明で絶世の美人と謳われる母。
 フィオレの自慢の両親だ。

 苛立つクレメントを宥めるフラヴィオから目配せをされたフィオレは、急ぎ地面に下ろしてもらう。
 そして、父の太い足に抱きついた。

「フィオレはいい子だから、父さまがふたりいるの。が言ってたよ? 違うの?」

 クレメントとフラヴィオの愛の結晶であり、まごうことなき天使がこてりと首を傾げる。
 両親からたっぷりと愛情を注いでもらうフィオレは、明るく素直な子に育っていた。
 澄んだ翡翠色の瞳にじっと見つめられたクレメントが、唸り声を上げる。

「…………ヴィオが言うなら間違いない」

 にこっと笑ったフィオレは、再度アキレスに抱き上げられていた。
 得意げな顔をするアキレスを、クレメントが鬱陶しそうに睨む。
 それでも、父が文句を言うことはない。

「さすが私の可愛いフィオレ。お見事です」

「はいっ! 父さまの弱点は、母さまなのっ!」

 軍の参謀であるアキレスに褒められて喜ぶフィオレが、元気よく答える。
 クレメントが一番弱いのは愛妻であることは周知の事実なのだが、得意げに答えるフィオレの愛らしさに、見守っていた皆が激しく拍手を送っていた。

 皆に可愛がられるフィオレは、容姿は儚げな母親に似ていることもあり、それはそれは大切に育てられてきた。

 しかし、父親の遺伝子を色濃く継いでいる。
 なにせフィオレは、三歳の時点でフラヴィオよりも足が速かった。
 剣術はアキレスに指導してもらい、五つ上の男の子にだって負けやしない。
 だが、フラヴィオの前では実力を隠している。
 こっそりと鍛えているフラヴィオが知れば、きっと悲しむだろうから――。

(でも、母さまは、『猛獣使い』という異名を持っているけれど……)

 格好良いのかはわからないけれど、国王陛下もフラヴィオを頼りにしている。
 ステファノがお忍びで、フラヴィオに会いに来ているところを度々目撃しているのだ。
 母は英雄ではないけれど、とても凄い人だということは、フィオレもわかっていた。

 自身の美貌を武器にするフィオレもなかなかのやり手だが、クレメントの暴走を止めることができるのは、この世でフラヴィオただひとりなのだ――。

「フィオレ様? 稽古に参加しないのですか?」

 現在、恋人募集中のピエールに頭を撫でられるフィオレは、にっこりと極上の笑みを浮かべた。

「うん! 今日は見学っ! だって、ミゲルおじさまが来る日だもの!」

 遠く離れた地に住んでいるが、毎月フィオレに贈り物をしてくれる優しい人――。
 その実、フィオレの愛に溢れた幸せな世界を、壊そうとする危険人物である。

(大好きな母さまのことは、フィオレが守るの)

 本能でミゲルを警戒しているフィオレは、にこにことした笑みのまま、邸の前で待ち構えていた。















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