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 ショックを受けていたフラヴィオだが、気持ちを切り替えようと冷たい水で顔を洗う。

(誰にも話すべきではないな……)

 もしフラヴィオが噂話を聞いたとクレメントに知られれば、ミゲルの悪口を話していた者たちは間違いなく咎められるだろう。
 それに、クレメントがフラヴィオを守ろうとしてくれているとわかっていて行動したのだ。
 フラヴィオは何事もなかったかのようにパーティー会場に戻ることにした。

 すると、すぐにミゲルが駆け寄ってくる。
 昔となんら変わりない姿を、フラヴィオはぼんやりと見つめていた。

「兄様ッ! どこへ行っていたんですか? 探しましたよ」

 大好きオーラが溢れているミゲルからは、フラヴィオを嫌っているようには見えない。

(私の悪評を払拭するために、ミゲルは奔走してくれていたのではないのか……?)

 噂は本当なのかと聞きたいフラヴィオだが、肯定されることが怖くて聞けなかった。
 あからさまな悪意を見せていたフィリッポやミランダより、心から信じているミゲルに裏切られていた方が、フラヴィオにとっては辛いことなのだ。

「もしかして、体調が悪いのですか? 僕のために無理しないでください。今日はもう帰りましょう」

「ああ、ありがとう。でも大丈夫だよ」

 病を克服しても、ミゲルは今もフラヴィオを気遣っている。

(こんなに優しいミゲルが、私を裏切るはずがない。……そうだろう、ミゲル)

 心の中で問いかけるフラヴィオは、心配そうに眉を下げているミゲルに微笑みかけた。
 ほとんど関わりのない者の噂に惑わされてしまったと、フラヴィオはミゲルを疑った己を恥じる。
 ただ、周囲の者たちのミゲルを見る目は冷たい。

(罪人の息子だからという理由だけではないのかもしれない……)

 ミゲルがフラヴィオのために奔走していたのに、皆の態度が余所余所しいことが、どうしても気になってしまう。
 もし、ミゲルが噂通りにフラヴィオの悪評を放置していたとしても、別に構わない。
 しかし、仮に噂通りならば、ミゲルはフラヴィオに嘘をついていたことになる。
 ミゲルを信じたいと思うフラヴィオだが、心の奥にはじくじくとした、小さなしこりのようなものを感じていた。


 真っ直ぐな性格のフラヴィオは、己の幸せのために、愛する人の評判を落とそうとする人間の気持ちは理解出来なかった――。





 帰宅後に、食堂でクレメントと夕飯を取る。
 ミゲルのことで頭がいっぱいになっていたが、愛するクレメントの顔を見れば、フラヴィオは落ち着きを取り戻す。

(……早く弟離れをしなければならないな)

 少しだけ寂しい気持ちになるフラヴィオだが、ミゲルの伴侶をクレメントに紹介してもらう決心をしていた――。

 フラヴィオがミゲルの伴侶のことを相談すれば、『ひとりだけ候補がいる』と話してくれた。
 しかし、フラヴィオには会わせたくないと、珍しく駄々を捏ねている。
 クレメントが紹介してくれる相手なら、きっと素敵な人なのだろう。
 だが、フラヴィオは兄として、弟の伴侶となる相手がどのような人物なのかを知りたかった。

「オスカル。どんな人か知っているかい?」

「はい。平民ですが、閣下の遠縁の者です」

 フラヴィオの問いに、大槍を装備する家令があっさりと答えてくれた。
 「おい」とクレメントが怒っているが、オスカルはいつもフラヴィオの味方をしてくれる。
 祖父のような優しい人だ。

「腕の良い医師です。……少々変わり者ですが」

「っ、そうなのか!」

「はい。とても研究熱心なお方です。……ほとんど外出することはありませんが」

 腕が良く、幅広い知識を持つ医師なら、勉学に励み続けた人物かもしれない。
 平民といえど、医師の一般的な収入は高いため、安定した生活を送ることができるだろう。
 それに、フラヴィオ自身が努力家な人に好感を抱くため、期待に胸を膨らませてしまう。

「今から会うのが楽しみだ! クレム様、ありがとうございますっ!」

「…………まだ会わせるとは言っていないのだが」

 渋顔の夫に感謝のハグをするフラヴィオは、「閣下とは違った意味で恐ろしい男ですが……」という家令の囁きは届いていなかった――。





 












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