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しおりを挟む「私がお預かり致します」
ふたりの間に割り込むメイドに、ミゲルは眉を顰めた。
ブローチを売った張本人、キャシーだ。
よくも平気な顔でフラヴィオのそばにいられるものだと思うミゲルは、貴族に楯突く生意気なメイドを睨みつけた。
自分のことは棚に上げ、ミゲルはキャシーに非難の目を向ける。
しかし、深緑色の瞳は挑むような目付きだ。
以前まではミゲルに怯えていたキャシーだが、今はフラヴィオを守るために引き下がることはない。
「フラヴィオ様が身につけるものはすべて、当主様が選んでいらっしゃるのです。当主様の許可なく、勝手な行動はお控え下さい」
クレメントの名が上がれば、フラヴィオの家族であろうともミゲルはどうすることもできない。
内心舌打ちをするミゲルは、重要なアイテムを握りしめていた――。
学園で腫れ物扱いされても気にしていなかったミゲルだが、取り巻きの家族や友人に、ミゲルの悪評が流れることを失念していたのだ。
よって、今のミゲルの立場は非常に危うい。
ミゲルも両親と同様に、加害者なのではと疑われているため、皆の前でフラヴィオとの仲を見せつける必要があったのだ。
「すみません、兄様……。僕、知らなくて……」
唇を噛み締めるミゲルが俯き、たまらずフラヴィオは手を伸ばす。
しかしその手が届く前に、フラヴィオの前に立ったマルティンが「白々しい奴だな」と吐き捨てた。
稽古をつけてもらっていたはずのマルティンが軽装で現れ、ふたりは学園時代のように睨み合う。
同年代の子息たちは「また始まったぞ」と、興味深そうにふたりを眺めていた。
「そのブローチを手に入れたのはいつだ?」
「っ……そ、それは」
特に変わった問いではなかったのだが、はっとしたミゲルが口ごもる。
「なぜ今なんだ? もっと早くにフラヴィオに渡すことができたんじゃないのか?」
「っ、マルティン! やめろ」
フラヴィオが咄嗟にミゲルを庇えば、碧眼を怒らせるマルティンは、渋々口を閉じた。
ブローチを手に入れてくれたというのに、なぜミゲルを責めるのだと、フラヴィオはマルティンの顔をじっと見上げる。
なにか言おうとして、ぷいっとそっぽを向いたマルティンは、ガシガシと赤髪を掻いていた。
(ふたりの仲が悪いことは知っていたが……。それにしてもなにかがおかしい)
マルティンは昔のようないじめっ子ではない。
だからこそ、フラヴィオは違和感を覚えていた。
(そういえば、あれだけミゲルに懐いていたのに、キャシーも珍しく刺々しい態度だった気がする)
フラヴィオの知らない間に、なにかがあったのかもしれない。
困惑するフラヴィオだが、せっかくの茶会を台無しにしたくはないため、ミゲルからブローチを受け取っていた。
「母様のブローチは、ずっと探していたんだ。取り戻してくれてありがとう、ミゲル」
「っ……」
フラヴィオが微笑めば、ほっとした様子のミゲルが小さく頷く。
マルティンとは決して目を合わせないミゲルは、過去にいじめられたことを思い出してしまったのかもしれない、とフラヴィオは思った。
「ミゲル、大丈夫か? 高圧的な態度だが、マルティンに悪気はないんだ」
フラヴィオがミゲルを連れて、その場を離れる。
異母弟を気遣うフラヴィオの姿は、理想の兄そのものだった――。
ミゲルがフラヴィオの悪評を否定しなかったことを知っている者たちが、顔を見合わせる。
マルティンの問いにすぐに答えられなかったミゲルは、明らかになにかを隠していたように見えた。
「ミゲルはずっと前から形見を持っていたのに、フラヴィオ様に渡さなかったのか?」
「っ、なぜそんな酷いことを……」
「もしかすると……ミゲルは、フラヴィオ様からブローチを盗んでいたのではないか? だから返せなかったんじゃ……?」
様々な憶測が飛び交う。
兄との仲を見せつけるどころか、とんでもない噂が流れていることを、なんとか危機を乗り切れたと思っているミゲルが知る由もなかった――。
それでも、フラヴィオは昔のようにミゲルを助けてくれたのだ。
そのことが証明されただけで今は充分だと、ミゲルは満足することにした。
「兄様は、緑がとても似合います」
胸元にブローチをつけたフラヴィオを、愛おしげに見つめるミゲルは、うっとりとした息を吐く。
このブローチをつけて戻れば、兄のために必死になって形見を取り戻した異母弟という姿が、印象に残るだろう。
マルティンが乱入したおかげで、注目も集まっている。
真っ赤な花束を手にし、悠然と歩を進める男が、号外が発行されるかもしれないと期待するミゲルの前に迫っていた――。
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