112 / 129
110
しおりを挟む波乱の夜会が幕を閉じてから一月後――。
フラヴィオが主催するガーデンパーティーでは、多くの貴族が招待されていた。
広大な庭一面に咲くネモフィラの花は圧巻だが、夜にはライトアップされて違った顔を見せる。
キャンドルの光に照らされる英雄が、愛妻を抱き上げている姿が描かれた絵葉書は、一年経っても民の間で人気を博していた。
要塞だと思っていたジラルディ公爵邸が、実はメルヘンチックな城であるという噂は、国中の貴族の耳にも届いている。
英雄が愛妻のために作りかえたともっぱらの噂だったため、美しい庭園であることはわかっていた。
それでも実際に、猛々しい戦士の彫刻ではなく、愛らしい天使のオブジェに出迎えられた者たちは、皆予想を上回る庭園を前に感嘆の声を上げていた――。
「ねぇ。あれって……閣下じゃないかしら?」
噴水の近くを歩く招待客は、決まって同じ場所で足を止める。
「…………ふふっ」
「わ、笑ってはいけないわ!?」
扇子で口元を隠す女性たちの視線の先にあるのは、大理石で作られた白く小さな彫刻だ。
可愛らしい天使のオブジェは、よく見るものとは違い、どこか太々しく立っている。
とある人物を彷彿とさせる目付きの悪い天使が、せっせと花に水をやっているのだから、笑わずにはいられなかった。
公爵閣下を知る者は、誰もがくすりと笑ってしまうような遊び心に溢れたオブジェは、フラヴィオが用意したものだ。
英雄と崇められているクレメントだが、近寄り難い存在でもある。
少しでも夫を身近な存在だと感じてほしいと特注したわけだが、フラヴィオのお気に入りのオブジェだということは言うまでもない。
招待客は、どこか浮かれた様子で広大な庭園を眺めて大いに盛り上がっていたが、本日下位貴族も招待されたことには訳があった。
領地も持たない弱小貴族であるミゲル・レオーネが参加するためだ。
フラヴィオに張り付くように立っている男に、皆表情には出さないものの、恥知らずな男だと思っていた――。
あれから、息子たちと絶縁したミランダは、自らの罪を自白していた。
そして、フィリッポも加担していたと語った。
既にシャールとクレメントが、レオーネ家で雇っていた使用人たちからも証言を得ているため、フィリッポがなにを言おうとも、罰せられる流れとなった。
レオーネ夫妻と医師は、懲役刑が処される。
他の者たちも同じ過ちを犯さぬよう、重い処罰が下されることとなっていた――。
フラヴィオはミゲルを案じていたが、ミゲルは両親と絶縁することを決めていたのだ。
そのためフラヴィオは、フィリッポとミランダの刑を減刑するように働きかけることはしなかった。
ただ、これからミゲルが社交界で生きていけるよう、兄としてサポートするつもりでいた。
「ミゲル。トルリーニ公爵夫人に挨拶に行こう。ご子息もいらっしゃるから、紹介するよ」
「……はい。でも、僕が粗相をしないように、兄様にずっとそばにいてほしいです」
ミゲルに捨てられた子犬のような顔をされ、フラヴィオは困ってしまう。
ミゲルの両親は生きているが、ミランダは一番重い刑を処されるだろう。
よってミゲルは、今後母親とは一生会うことは叶わないはずだ。
負い目を感じるフラヴィオは、出来るだけミゲルのそばにいるように心掛けていた。
(不安な気持ちもわからないわけではないが……。やはり、伴侶を迎えた方が良さそうだ)
良い縁があればと、今日はミゲルのために下位貴族も招待しているわけだが、当の本人はフラヴィオのそばから離れない。
兄を慕うミゲルを可愛いと思うが、甘やかしてばかりではミゲルのためにはならないだろう。
フラヴィオは可愛い異母弟のために、心を鬼にする。
「ミゲル? 今はフォローするが、ミゲルは当主になったんだ。これからは、私がいなくても――」
その先は聞きたくないとばかりに、ミゲルは多くの人の目がある中で、懐からある物を取り出した。
エメラルドグリーンの宝石が美しいブローチを前にし、カッと目を見開くフラヴィオは言葉に詰まる。
「兄様の大切な形見のブローチです。兄様のために、僕が取り返しておきました」
「っ…………」
褒めて欲しそうに、にこにことした笑みを浮かべるミゲルは、フラヴィオの長い金色の髪に触れた。
夫以外に触れられることのないフラヴィオは、ぴくっと体が反応する。
「兄様? 僕がつけてもいいですか?」
フラヴィオの黒地のジャケットの左胸に、ミゲルがブローチをつけようとしている。
クレメントは、家族であってもフラヴィオに触れる者を許さない。
夫が激怒するかもしれないと頭ではわかっていたが、母の形見が手元に戻って来たことに歓喜するフラヴィオは、ミゲルにノーとは言えなかった。
265
お気に入りに追加
7,089
あなたにおすすめの小説
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
悪役令息の死ぬ前に
やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる