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 波乱の夜会が幕を閉じてから一月後――。
 フラヴィオが主催するガーデンパーティーでは、多くの貴族が招待されていた。
 広大な庭一面に咲くネモフィラの花は圧巻だが、夜にはライトアップされて違った顔を見せる。
 キャンドルの光に照らされる英雄が、愛妻を抱き上げている姿が描かれた絵葉書は、一年経っても民の間で人気を博していた。

 要塞だと思っていたジラルディ公爵邸が、実はメルヘンチックな城であるという噂は、国中の貴族の耳にも届いている。
 英雄が愛妻のために作りかえたともっぱらの噂だったため、美しい庭園であることはわかっていた。
 それでも実際に、猛々しい戦士の彫刻ではなく、愛らしい天使のオブジェに出迎えられた者たちは、皆予想を上回る庭園を前に感嘆の声を上げていた――。

「ねぇ。あれって……閣下じゃないかしら?」

 噴水の近くを歩く招待客は、決まって同じ場所で足を止める。

「…………ふふっ」

「わ、笑ってはいけないわ!?」

 扇子で口元を隠す女性たちの視線の先にあるのは、大理石で作られた白く小さな彫刻だ。
 可愛らしい天使のオブジェは、よく見るものとは違い、どこか太々しく立っている。
 とある人物を彷彿とさせる目付きの悪い天使が、せっせと花に水をやっているのだから、笑わずにはいられなかった。

 公爵閣下を知る者は、誰もがくすりと笑ってしまうような遊び心に溢れたオブジェは、フラヴィオが用意したものだ。
 英雄と崇められているクレメントだが、近寄り難い存在でもある。
 少しでも夫を身近な存在だと感じてほしいと特注したわけだが、フラヴィオのお気に入りのオブジェだということは言うまでもない。

 招待客は、どこか浮かれた様子で広大な庭園を眺めて大いに盛り上がっていたが、本日下位貴族も招待されたことには訳があった。
 領地も持たない弱小貴族であるミゲル・レオーネが参加するためだ。
 フラヴィオに張り付くように立っている男に、皆表情には出さないものの、恥知らずな男だと思っていた――。



 あれから、息子たちと絶縁したミランダは、自らの罪を自白していた。
 そして、フィリッポも加担していたと語った。
 既にシャールとクレメントが、レオーネ家で雇っていた使用人たちからも証言を得ているため、フィリッポがなにを言おうとも、罰せられる流れとなった。

 レオーネ夫妻と医師は、懲役刑が処される。
 他の者たちも同じ過ちを犯さぬよう、重い処罰が下されることとなっていた――。



 フラヴィオはミゲルを案じていたが、ミゲルは両親と絶縁することを決めていたのだ。
 そのためフラヴィオは、フィリッポとミランダの刑を減刑するように働きかけることはしなかった。
 ただ、これからミゲルが社交界で生きていけるよう、兄としてサポートするつもりでいた。

「ミゲル。トルリーニ公爵夫人に挨拶に行こう。ご子息もいらっしゃるから、紹介するよ」

「……はい。でも、僕が粗相をしないように、兄様にずっとそばにいてほしいです」

 ミゲルに捨てられた子犬のような顔をされ、フラヴィオは困ってしまう。
 ミゲルの両親は生きているが、ミランダは一番重い刑を処されるだろう。
 よってミゲルは、今後母親とは一生会うことは叶わないはずだ。
 負い目を感じるフラヴィオは、出来るだけミゲルのそばにいるように心掛けていた。

(不安な気持ちもわからないわけではないが……。やはり、伴侶を迎えた方が良さそうだ)

 良い縁があればと、今日はミゲルのために下位貴族も招待しているわけだが、当の本人はフラヴィオのそばから離れない。
 兄を慕うミゲルを可愛いと思うが、甘やかしてばかりではミゲルのためにはならないだろう。
 フラヴィオは可愛い異母弟のために、心を鬼にする。

「ミゲル? 今はフォローするが、ミゲルは当主になったんだ。これからは、私がいなくても――」

 その先は聞きたくないとばかりに、ミゲルは多くの人の目がある中で、懐からある物を取り出した。
 エメラルドグリーンの宝石が美しいブローチを前にし、カッと目を見開くフラヴィオは言葉に詰まる。

「兄様の大切な形見のブローチです。兄様のために、僕が取り返しておきました」

「っ…………」

 褒めて欲しそうに、にこにことした笑みを浮かべるミゲルは、フラヴィオの長い金色の髪に触れた。
 夫以外に触れられることのないフラヴィオは、ぴくっと体が反応する。

「兄様? 僕がつけてもいいですか?」

 フラヴィオの黒地のジャケットの左胸に、ミゲルがブローチをつけようとしている。
 クレメントは、家族であってもフラヴィオに触れる者を許さない。
 夫が激怒するかもしれないと頭ではわかっていたが、母の形見が手元に戻って来たことに歓喜するフラヴィオは、ミゲルにノーとは言えなかった。




















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