期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん

文字の大きさ
上 下
109 / 129

107 それぞれの選択

しおりを挟む


 久しくパーティーに出席していたレオーネ子爵夫妻は、王族と親しげに話しているフラヴィオを、会場の隅から眺めていた――。

 フラヴィオに近付きたくとも、アキレスだけでなく、他の貴族たちも目を光らせている。
 会場の異様な空気に、さすがのフィリッポも動揺から口をつぐんでいた。
 そして皆の視線は、ミランダの額に薄らと残る焼印に向けられている。
 俯くミランダは一言も発することなく、晒し者になることを受け入れていた。

 しかし、フィリッポは違った。

 フィリッポの予定では、華々しく出迎えられるはずだったというのに、見下していた下位貴族すら、挨拶に来ないのだ。
 それどころか、フィリッポを見ながらヒソヒソと話している。
 その状況に耐えきれなくなったフィリッポは、怒りの感情を隣のみすぼらしい女に発散した。

「なぜもっと化粧をしないのだっ。お前の醜い焼印のせいで、私が恥をかいたではないかっ!!」

 罵声を浴びせられたミランダは、最後に歪んだ夫の顔を見つめ、静かに目を伏せた。

 ――ミランダの素顔は女神のようだ。
 ――化粧など必要ない。
 そう熱心に語ってくれていた。
 フィリッポの美醜の感覚が狂っていることを知っていたが、それでもミランダの心は救われたのだ。
 ミランダのコンプレックスも、全て愛してくれたフィリッポはもういない。

 罵倒されてもなお、僅かに残っていたフィリッポへの愛が、ミランダの中から綺麗に消え去っていた――。

「まあっ。なんて酷いことを仰るのかしら……」

 待ってましたとばかりに、誰かが大袈裟なくらいに大きな声で、フィリッポを非難する。
 その声を皮切りに、フィリッポは集中砲火を浴びることとなった。

「ああ。不貞を働いたからと、妻の額に焼印を押すだなんて、常軌に逸した行動だ」

「それなのに、焼印を化粧で隠せだなんてよく言えたものだ。教養のない野蛮人だろう」

「そうよねぇ。それにレオーネ子爵だって、素敵な婚約者がいたのに、ずっと愛人にかまけていたじゃない」

「そうだ。婚姻してからも変わらなかったしな? 真実の愛だのと話していたが、ただの不誠実な男でしかない」

「自分は良くて相手は許さないだなんて……。まるで暴君じゃないの」

「っ……ち、違うっ、そんなつもりじゃ……」

 どこを見ても軽蔑する目を向けられ、フィリッポは生きた心地がしなかった。
 皆の口からは、フィリッポは妻の額に焼印を押した『野蛮人』であり、『暴君』だと蔑まれた。

「噂は真実だったのね?」

 顔を見合わせた人々の不穏な空気を感じ取る。
 これ以上責め立てられるのかと、フィリッポはごくっと唾を飲んでいた。

「きっと、フラヴィオ様のことも虐待していたに違いない」

(っ……違うッ! 私は虐待などしていないっ!)

「あれだけ立派に夫を支えて、領地に関しても熱心に力を注いでいるのだ。当主としても相応しかったはず。それなのに、祝福の儀を受けたのは……」

「もしや、次男を当主にするために、無理やり祝福の儀を受けさせたのではないのか?」

「間違いないわね? だって、フラヴィオ様に欠点なんてないじゃない」

「あの男ならやりかねないな。なにせ、長年フローラ様を蔑ろにしていたんだ。彼女に似たフラヴィオ様のことも、疎ましく思っていたに違いない」

「っ、もしそうだとしたら、犯罪行為だ!!」

 思いもよらない展開に、はっはっと、フィリッポの呼吸が乱れる。
 フィリッポがどれだけ否定したとしても、フラヴィオを蔑ろにしていたことは事実となった。
 フラヴィオが公爵夫人として、しかと役目を果たしていることが、なによりの証拠だった。

「お、おいっ!! お前もなにか言ったらどうなんだっ!! 否定しろっ!!」

 冷や汗がダラダラと流れているフィリッポが、沈黙しているミランダの肩に触れる。

「きゃっ!!」

 ほんのわずかに触れただけだったが、ミランダが転倒したのだ。

「っ、も、申し訳ありませんっ! もう、やめてください! お願いしますっ!」

「っ……な、なに、を……」

 涙を流すミランダに、同情の視線が集まる。
 フィリッポは傲慢な態度だったこともあり、皆の目には、日頃から家族を虐げている男のように映っても仕方がなかった――。

「なぜあんな人が、今も貴族でいられるのかしら」

「同じ貴族として恥ずかしい」

「もし、今のようにフラヴィオ様のことも虐げていたのなら、法を改正しなければならないな。陛下に進言しよう」

「ッ!!!!」

 墓穴を掘って顔面蒼白になるフィリッポは、今も倒れているミランダの鋭い視線に気付く。
 逃げようにも騒ぎで人が集まり、道は塞がれる。
 胸騒ぎがするフィリッポは、ひとり震え上がっていた――。


















しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...