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しおりを挟む久しくパーティーに出席していたレオーネ子爵夫妻は、王族と親しげに話しているフラヴィオを、会場の隅から眺めていた――。
フラヴィオに近付きたくとも、アキレスだけでなく、他の貴族たちも目を光らせている。
会場の異様な空気に、さすがのフィリッポも動揺から口をつぐんでいた。
そして皆の視線は、ミランダの額に薄らと残る焼印に向けられている。
俯くミランダは一言も発することなく、晒し者になることを受け入れていた。
しかし、フィリッポは違った。
フィリッポの予定では、華々しく出迎えられるはずだったというのに、見下していた下位貴族すら、挨拶に来ないのだ。
それどころか、フィリッポを見ながらヒソヒソと話している。
その状況に耐えきれなくなったフィリッポは、怒りの感情を隣のみすぼらしい女に発散した。
「なぜもっと化粧をしないのだっ。お前の醜い焼印のせいで、私が恥をかいたではないかっ!!」
罵声を浴びせられたミランダは、最後に歪んだ夫の顔を見つめ、静かに目を伏せた。
――ミランダの素顔は女神のようだ。
――化粧など必要ない。
そう熱心に語ってくれていた。
フィリッポの美醜の感覚が狂っていることを知っていたが、それでもミランダの心は救われたのだ。
ミランダのコンプレックスも、全て愛してくれたフィリッポはもういない。
罵倒されてもなお、僅かに残っていたフィリッポへの愛が、ミランダの中から綺麗に消え去っていた――。
「まあっ。なんて酷いことを仰るのかしら……」
待ってましたとばかりに、誰かが大袈裟なくらいに大きな声で、フィリッポを非難する。
その声を皮切りに、フィリッポは集中砲火を浴びることとなった。
「ああ。不貞を働いたからと、妻の額に焼印を押すだなんて、常軌に逸した行動だ」
「それなのに、焼印を化粧で隠せだなんてよく言えたものだ。教養のない野蛮人だろう」
「そうよねぇ。それにレオーネ子爵だって、素敵な婚約者がいたのに、ずっと愛人にかまけていたじゃない」
「そうだ。婚姻してからも変わらなかったしな? 真実の愛だのと話していたが、ただの不誠実な男でしかない」
「自分は良くて相手は許さないだなんて……。まるで暴君じゃないの」
「っ……ち、違うっ、そんなつもりじゃ……」
どこを見ても軽蔑する目を向けられ、フィリッポは生きた心地がしなかった。
皆の口からは、フィリッポは妻の額に焼印を押した『野蛮人』であり、『暴君』だと蔑まれた。
「噂は真実だったのね?」
顔を見合わせた人々の不穏な空気を感じ取る。
これ以上責め立てられるのかと、フィリッポはごくっと唾を飲んでいた。
「きっと、フラヴィオ様のことも虐待していたに違いない」
(っ……違うッ! 私は虐待などしていないっ!)
「あれだけ立派に夫を支えて、領地に関しても熱心に力を注いでいるのだ。当主としても相応しかったはず。それなのに、祝福の儀を受けたのは……」
「もしや、次男を当主にするために、無理やり祝福の儀を受けさせたのではないのか?」
「間違いないわね? だって、フラヴィオ様に欠点なんてないじゃない」
「あの男ならやりかねないな。なにせ、長年フローラ様を蔑ろにしていたんだ。彼女に似たフラヴィオ様のことも、疎ましく思っていたに違いない」
「っ、もしそうだとしたら、犯罪行為だ!!」
思いもよらない展開に、はっはっと、フィリッポの呼吸が乱れる。
フィリッポがどれだけ否定したとしても、フラヴィオを蔑ろにしていたことは事実となった。
フラヴィオが公爵夫人として、しかと役目を果たしていることが、なによりの証拠だった。
「お、おいっ!! お前もなにか言ったらどうなんだっ!! 否定しろっ!!」
冷や汗がダラダラと流れているフィリッポが、沈黙しているミランダの肩に触れる。
「きゃっ!!」
ほんのわずかに触れただけだったが、ミランダが転倒したのだ。
「っ、も、申し訳ありませんっ! もう、やめてください! お願いしますっ!」
「っ……な、なに、を……」
涙を流すミランダに、同情の視線が集まる。
フィリッポは傲慢な態度だったこともあり、皆の目には、日頃から家族を虐げている男のように映っても仕方がなかった――。
「なぜあんな人が、今も貴族でいられるのかしら」
「同じ貴族として恥ずかしい」
「もし、今のようにフラヴィオ様のことも虐げていたのなら、法を改正しなければならないな。陛下に進言しよう」
「ッ!!!!」
墓穴を掘って顔面蒼白になるフィリッポは、今も倒れているミランダの鋭い視線に気付く。
逃げようにも騒ぎで人が集まり、道は塞がれる。
胸騒ぎがするフィリッポは、ひとり震え上がっていた――。
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