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しおりを挟む招待客に土産のフルーツサンドを渡したフラヴィオは、ほっと胸を撫で下ろしていた。
皆の表情から、今回のお茶会に満足してもらえたことが伺えたからだ。
(公爵夫人らしく振る舞えたかはわからないが、及第点には達したのだろう。早くクレム様に報告したい……)
クレメントは、フラヴィオの喜びや悲しみを分かち合ってくれる人だ。
きっと共に喜んでくれると確信しているフラヴィオは、クレメントの見せてくれる柔らかな笑みを想像しただけで、心がほっこりとしていた。
「次回は、わたくしの息子を誘ってもよろしいですか?」
見送りの際に、トルリーニ公爵夫人に声をかけられる。
吊り上がった目元と赤い瞳が印象的で、気の強そうな顔立ちだ。
高い身分ということもあり、声を掛けづらい雰囲気だが、ラウレッタはフラヴィオの好きな人と同じ髪色なのだ。
腰まで真っ直ぐに伸びる黒髪がとても美しいと思うフラヴィオは、快く頷く。
「ええ、もちろんです」
「よかったわ。フラヴィオ様と歳が近いので、わたくしたちより気軽に話せると思いますの」
ラウレッタの返事に、フラヴィオは瞠目した。
女性が苦手なわけではないのだが、今日集まっている女性は皆、フラヴィオの母親と同じくらいの年齢だ。
楽しく会話していたが、緊張していたのも事実。
気遣ってくれたことがわかり、フラヴィオは心からの笑みを浮かべていた。
「っ……まあ。なんて愛らしいのかしら」
白い頬を染めたラウレッタの呟きが、フラヴィオの耳に届く。
褒められることに慣れないフラヴィオが、どう反応したらいいのだろうと微笑んだままでいると、ふたりを見守っていたリュシエンヌが、くすりと笑った。
「ふふっ。そうでしょう? 最初からラウレッタ様に好意的だった人は、フラヴィオ様くらいじゃないかしら? 私だって、話してみるまでは怖かったもの」
「ええ、そうね……。って、なぜリュシエンヌ様が自慢げな顔をするのよ。わたくしだって、フラヴィオ様を本当の息子のように想っているのにっ」
ラウレッタが目を細めるが、リュシエンヌは全く気にしていなかった。
他の四人は「また始まったわ」と、コロコロと笑っている。
フラヴィオを特に気にかけてくれるふたりに挟まれていると、そっと腕を取られた。
驚いて振り向けば、フラヴィオの愛おしい人が気配なく立っていた。
「っ、クレム様ッ」
クレメントに肩を抱かれたフラヴィオは、ぱあっと表情が明るくなる。
クレメントは女性が苦手だと知っていたため、まさか顔を出してくれるとは思っていなかったのだ。
英雄の登場に、場がしんと静まり返っていたが、特に気にした様子のないクレメントの熱い視線は、フラヴィオに注がれていた。
(きっと、私のために来てくださったのだ。とても愛されていると思って、いいのだろうか……)
クレメントと想いを通わせてから二ヶ月が経っているが、フラヴィオは未だに信じられないと思う時がある。
招待客が来る前から、そわそわしている愛妻を、クレメントがずっと見守っていたことを知らないフラヴィオは、うっとりとした表情で凛々しい顔を見上げていた。
「楽しめたか?」
「はい。緊張しましたが、皆様優しいお方ばかりでしたので……」
フラヴィオの話に耳を傾けるクレメントが、ふっと笑みをこぼした。
間近でふたりを見ていた夫人たちが、息を呑む。
戦場の鬼神が笑みを見せるのは、フラヴィオの前だけである。
「優しいかはさておき。ヴィオの細やかな気遣いが感じられたのだろう」
「っ、そうだといいのですが……」
耳打ちをされたフラヴィオは、胸が早鐘を打つ。
なんだか失礼なことを言った気もするが、ドキドキしているフラヴィオは、最愛の夫を見上げて微笑んでいた――。
その後。
リュシエンヌをはじめとする高位貴族の夫人たちが、他の茶会でフルーツサンドの話をしたことで、社交界で話題となっていた。
王妃様もお気に召したことで、あっという間にジラルディ公爵領の名物となったのだ。
領地が潤うこととなり、フラヴィオは自らの手で長年の夢を叶えていた――。
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