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 予想外の言葉に、フラヴィオは目を瞬くことしかできなかった。
 そんなフラヴィオを愛おしげに見つめるクレメントは、サプライズが成功したと喜んでいる。

「遅くなってすまない。それに、勝手に身内だけの挙式にしたことも許してほしい」

 謝罪する必要などないというのに、クレメントは申し訳なさそうに眉を下げる。
 全力で首を横に振るフラヴィオは、痺れるような幸福感を味わっていた。
 震える唇からは、言葉が出てくる気配はない。

「本当なら、ふたりきりで式を挙げたかったんだが……。どうしても参列したいと希望する者がいてな?」

 ふっ、と笑ったクレメントの視線の先を追ったフラヴィオは、目を見開く。
 神官長のマヌエルの隣に、フラヴィオの祖父――フェリックスがいたのだ。
 顔色も良く、きちんと正装している。

「…………お祖父様?」

「っ、フラヴィオッ!!」

 我が目を疑ったフラヴィオだが、名を呼ばれた瞬間、祖父に向かって走り出す。
 涙でくしゃくしゃな顔をするふたりが、熱い抱擁を交わした。

「お祖父様っ、お会いしたかった……」

「っ、私もだっ。ずっと、ずっと心配していた。助けてやれずに、すまなかった」

 何度も謝る祖父に対して、フラヴィオは首を横に振り続ける。
 フラヴィオにとっては、フェリックスが元気でいてくれたらそれでよかったのだ――。

 孫を可愛がっていた祖父が、フラヴィオを助け出そうとしないはずがない。
 自分のせいで持病が悪化してしまったのかと思うと、フラヴィオは胸が苦しかったのだ。
 再会する日を心待ちにしていたふたりは、いつまでも強く抱きしめ合っていた。

 涙を拭ったフェリックスが、「よく顔を見せてくれ」と、フラヴィオの顔を覗き込む。
 とうに日は暮れているが、キャンドルの温かな色をした光が、ふたりの顔を照らす。
 同じ翡翠色の瞳は、涙でいっばいだ。

「お祖父様の元気な姿が見られて、嬉しい……」

「私も同じ気持ちだよ、フラヴィオ。閣下から話は聞いていたが……。どうしても、この目でフラヴィオの幸せな姿を見たいと思ってな? そう思ったら、あっという間に元気になっていたんだよ」

 愛おしそうに告げたフェリックスの手が、フラヴィオの頬を伝う涙を拭う。

「フラヴィオ? 涙を止めないと……。これから、素敵な伴侶との結婚式だぞ?」

「っ……はぃっ」

「あのお方なら、必ずフラヴィオを幸せにしてくれるだろう。私も心から祝福するよ」

 優しく背を押されたフラヴィオは、見守ってくれていたクレメントのもとへ向かう。
 そしてふたりは、にこにこと笑みを浮かべているマヌエルの前に並んだ。

「マヌエル様。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」

「ふふっ、いえ。私も、フラヴィオ様の幸せな姿を見届けたいと思っていたのです」

 心からそう思っていることが伝わってくる。
 病を治してくれただけでなく、今も気にかけてくれていたことを知ったフラヴィオは、マヌエルに感謝していた。

「しかし、まさかこの時間に駆り出されるとは思ってもいませんでしたが」

 前例がないと語ったマヌエルが、庭園を見渡す。
 幻想的な光景だと感動しているようだった。

「司式者として、何度も婚礼の儀を見守ってきましたが、これほどまでに凝った演出を見たのは、私も初めてです。フラヴィオ様の伴侶は、とてもロマンチックなお方ですね?」

 耳打ちをされたフラヴィオは、頬が熱くなる。
 神秘的な薄紫色の瞳からは、フラヴィオは夫に愛されているとばかりの視線を送られていた。

 そして誓いの言葉を聞き、指輪を交換する。

(いつのまにサイズを調べていたのだろう……)

 シンプルなデザインの金の指輪は、フラヴィオの細い指にぴったりだった。

「――……んっ!」

 どこか信じられない思いでフラヴィオが指輪を眺めていると、顎を掬われる。
 唇に柔らかな感触。
 誓いのキスを待ちきれなかったクレメントが、愛する妻に触れるだけの口付けをしたのだ。
 フラヴィオが驚いている間に、祝福と承認の拍手に包まれていた――。

(人前で口を塞がれたのは、初めてだ……)

 式の流れとしては普通のことだが、フラヴィオは顔から火が吹き出そうだった。
 もちろん、たまらなく嬉しくて――。

「っ、クレム様」

「ん?」

 悪びれた様子のないクレメントが可愛らしい。
 してやられてばかりだ、と思うフラヴィオは、クレメントに向かって手を伸ばす。
 すぐさま抱き上げられ、フラヴィオは満面の笑みを見せた夫の頬を両手で包み込んだ。

「全然足りないっ」

 真っ赤な顔で告げたフラヴィオは、真上からクレメントの口を塞いだ――。
 
 いつも控えめなフラヴィオの大胆な行動に、「ぎゃああ!」「ぬおおお!」といった、野太い声が庭園に響き渡る。

「っ…………」

 一度目より大歓声を聞くこととなり、今度はフラヴィオがにやりと笑ってみせた。
 戦場の鬼神を見下ろせる者は、この世でフラヴィオただひとりだろう。



 その後、幸せいっぱいのフラヴィオは、狂喜乱舞するクレメントに掻っ攫われ、ふたりの姿は夫夫の寝室に消えていった――。



















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